平和

2016年4月 3日 (日)

妙義米軍基地反対闘争記念碑で久保田貢愛知大准教授と懇談しました。

 Img_9193右端から、久保田貢愛知大准教授、伊藤国夫安中平和委員会代表、小田尭夫群馬県平和委員会事務局長、藤巻芳雄安中平和委員会と私  後ろの高い山が「高岩」です。


2年前に書いた私のブログを見て、愛知大学で平和教育、教員教育などを研究されている久保田貢准教授が<妙義米軍基地闘争記念碑>が見たいと問い合わせがあり、県、市の平和委員会とともに現地を案内してきました。松井田町役場(現安中市役所松井田支所)から車で約30分。恩賀部落は、梅の香りに包まれていました。記念碑が立つ土地は、当時の期成同盟会会長だった、佐藤政義さん(故人)の土地、快く貸してくださいましたが、ご子息の林輔(しげすけ)さんが昨年他界されて今は、林輔さんの息子さんが後を継いでおられます。 久保田貢さんは「米軍基地闘争で勝利したのは非常に貴重な歴史、こんな立派な碑があるとは知りませんでした。もっと全国に知らせたらどうですか。」とアドバイスをくれました。この碑が建立されて来年が30年になります。平和委員会として、何か記念行事をしたいと相談していきます。興味のある方は、是非ご連絡ください。①雑誌は、菊池定則さんが書いた「基地はイラナイ」(30冊ほどあります、187ページ)ほしい人にはお分けします)、②ブックレットは高校教師、中束作蔵さんの編集になる「妙義基地のたたかい」(30ページ、パワースポット用に作成、貴重な写真満載です)

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2015年8月16日 (日)

原水爆禁止世界大会ヒロシマに参加してきました。

原水爆禁止碓氷安中協議会(中嶋昇太郎代表)では、毎年3~5名の代表を派遣してきましたが、今年はヒロシマへ3人、ナガサキへ1人を派遣しました。私は9年ぶりで広島大会に参加しました。久しぶりのヒロシマでしたが、原爆ドームのすぐそばにあったカープの広島球場がなくなり景色が少し変わっていましたが、平和公園と原爆遺跡だけは昔のままでした。ただ資料館の展示が新しい遺品や写真が飾られていて胸が詰まる思いでした。詳しくはファイルを見てください。「2015.doc」をダウンロード 写真説明 1、俳優の宝田明さんのスピーチと歌、2、平和行進に参加した群馬の女子高生が演壇上に、3、一緒に行った鈴木さんと須藤さんと、4、「つるにのって」という児童図書を書いた日本人(現在はフランス人)のミホ・シボさん夫妻と記念に、5、原爆資料館の被ばくろう人形(悲惨だから撤去せよという批判もあったが存続に)、6、トロント在住で被爆者のセツコ・サーローさん、ノーベル平和賞候補者、7、5,500人の閉会総会、7、県の事務局長もかねて鬼形正弘さんと全員で。

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2014年9月30日 (火)

第12回碓氷安中平和のつどいがありました。障がい者児の皆さんの「どんどんクラブ」の太鼓演奏と「光陽ゴスペルクワイヤ」のゴスペルソングが盛り上げてくれました。

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原水爆禁止世界大会の報告集会に2つのグループのアトラクション参加があり、賑やかに行Img_3265


われました。今年は広島大会に3名の代表派遣ができまして、それぞれ発表がありました。Img_3269_2





第二部で、桐生を中心に活動する太鼓グループ、富岡で練習している「どんどんクラブ」のImg_3276


メンバー6人がオリジナルの太鼓演奏を聞かせてくれました。松井田町からは、橳島橳橳橳美香ちゃんと岩井優君が参加していまImg_3281


す。もう一つは、黒人の教会音楽、ゴスペル合唱で安中で活動している「光陽クワイヤ」の皆さんの歌声を聴かせていただきました。 なお、来年5月、ニューヨークの国連で開かれる「軍縮総会」に向けて「核兵器の廃絶を求める署名」を国内で一千万人分集めて届けよう!と、原水爆禁止碓氷安中協議会会員の皆さんが、署名運動を展開しています。

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2014年7月 5日 (土)

2014原水爆禁止国民平和大行進が群馬県に入りました。7月4日の午後、長野県から群馬県実行委員会に引き継がれました。あいにくの霧雨と風の中を長野県行進団が約50、出迎えの群馬県側も50で百名規模での引き継ぎ集会が行われました。

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5月6日に北海道礼文島を出発した2014原水爆禁止国民平和大行進は、根室からの行進と砂川、札幌で合流し、日本海コースと太平洋コースに分かれ全道府県をつないで東京まで向かいます。碓氷峠で引き継いだのは日本海コースからで、北海道から山内金久さん(65歳、板橋原水協)が通しで歩いています。群馬県内は10日間ですが、県内通し行進者は、今年10回目の伊藤国夫さん(73歳、安中年金者組合代表)、ほか2名です。安倍政権が「集団的自衛権行使容認」を閣議決定したことで、全国の自治体でも懸念が表明されていると山内さんが報告されました。福島の原因究明も事後処理もままならないのに、全国の原発再稼働を急ぐ安倍自民公明政権に,行進の中で抗議していくことになるでしょう。 The peace march began in Gunma Prefecture from USUI-TOUGE this morning.
写真 1、峠の頂上から出発した行進団、,先頭で真ん中を歩くのが山内さん、3、昨日の引き継ぎ集会。
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2014年4月14日 (月)

軽井沢9条の会の皆さんが松井田町恩賀の「米軍基地反対闘争勝利記念碑」を訪ねてこられました。私が群馬県平和委員会を代表して説明と案内をしました。

S2 松井田町西野牧恩賀地区から浅間山にかけて、朝鮮戦争を有利に戦うためにアメリカ軍が、米軍の山岳訓練学校(米軍基地)を作ろうと政府に申し出たのが1953年でした。初めは、群馬県、松井田町、坂本町も反対を決議しましたが米軍と政府の圧力に負けて「条件闘争」から受け入れまで、半年で懐柔されていきました。最後まで「先祖の土地を戦争のための基地S5 にはさせない!」とがんばって抵抗したのがこの地区の人々でした。当時の共産党、社会党の活動家が先頭で、反対運動を組織、3年余の闘いで勝利したことで、運動に携わった人々の手でこの記念碑を建立したのです。軽井沢9条の会の皆さんは、14名、私の説明を聞いてこれからもお互いに連携をとりながら平和のために頑張りましょうと誓い合いました。桜はまだつぼみ、梅の香りが一面に漂って、春のひと時でした。下の写真は、基地闘争活動費のねん出のために作られた「バッジ」だそうです。軽井沢の基地反対闘争の話を聞けたのも初めてでしたので有意義なひと時でした。全国にはまだ、101か所もの米軍基地が全国に存在しています。まだ日本は独立を果たしていませんね。

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2013年3月29日 (金)

自民党憲法改正草案、何を国民に求めるのでしょうか?

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Dscn2736s  第二章 安全保障 〈平和主義〉第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇および武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。 2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。 〈国防軍〉 第9条の2 わが国の平和と独立ならびに国および国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。2、国防軍は前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。3、国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動および公の秩序を維持し、または国民の生命もしくは自由を守るための活動を行うことができる。〈平成24年4月27日〉  

3月23日、安中公民館で行われた、非戦の会〈中嶋昇太郎会長〉が主催した『あなたの未来が危ない、世界に誇れる平和憲法を守ろう』と講演会が開かれ、弁護士の赤石あゆ子さんが、自民党の憲法改正草案(前掲)を参考に、わかりやすく話しました。約60名の市民が参加しました。 自民党は結党以来『自主憲法改定』が党是でしたが、今この時代に「国防軍」をことさらに持ち出してきて、現実に軍隊があるのだから憲法を現実にあわせるのだ、としています。これまでは、自衛隊は軍隊でない、などと解釈改憲を主張してきたのに。戦争を知らない世代がほとんどの日本になってきたことから、思うようにことが運べると見ているのでしょうか。さっそく、96条を変えて、国会の改正発議の手続きを簡単にし、国民投票も「投票総数の過半数」とハードルを引き下げようとしています。私たちも真剣に監視していかなければなりません。 赤石弁護士の話を聞いた、若いお母さんからは「とんでもない時代に子どもを生んでしまった・・・という感じです。」などと感想がありました。

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2012年10月14日 (日)

ウイスキー・ブラッサムⅰn 平和のつどい

20121006_00520121006_01720121006_01920121006_02320121006_02820121006_037      「第10回碓氷安中平和のつどい」が碓氷安中原水協(中嶋昇太郎理事長)の主催で細野ふるさとセンターを会場にして開かれ、60名ほどの参加者でにぎやかに行われました。第一部は、世界大会ヒロシマ2012に参加した代表者、伊藤国夫、桜井ひろ江、岡崎るみ、神田雪奈さんの皆さんが、最初に感想を報告してくれました。そして第二部は、富岡を中心に全県下で活躍しているバンド「ウイスキー・ブラッサム」が、オリジナル曲を含めて、約一時間歌声を響かせてくれました。左のギター、強矢(すねや)山、右のギターが大島さん、中央のバンジョーが松本さん(全盲です)、軽快なトークとともにバンジョーの響きに、しばし心がリフレッシュされました。写真最下・駄洒落も飛び出した松本さんのトークと演奏、なかなかのものでした。

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2012年8月13日 (月)

今年も原爆写真展、ご覧になりましたか?

Dscn0798 まもなく終戦記念日ですが、若者の間では、かつてアメリカと日本が戦争をしていたことなど、知らない人が増えているとか。悲しいことDscn0797 です。自分の国の歴史は、きちんと学習して記憶しておいてほしいものです。それが外国人などと付き合うためにはどうしても必要なことだからです。妙義町のALTとして働いていたジャDscn0791 スティンは、個人的なツアーで広島を訪れて「人生観が変わった・・」と述べていました。今は、日本とアメリカの架け橋になることを望んDscn0793 で働いています。さて、今年も原爆写真展を「松井田庁舎ロビー」「安中総合体育館ロビー」の二箇所で開催しています。写真パネルは平和行進の際に、市民から寄せられた浄財を元Dscn0795 に購入したものです。15日まで展示していますのでまだ見ていない方は、是非ご覧ください。今年のヒロシマ・ナガサキデーは、テレビで平和祈念式典を鑑賞しました。今年のTV特集の注目点は「黒い雨の資料が残っていたこと」「両市長の宣言の原発からの撤退」「原爆投下を命じたトルーマン元大統領の孫が・原爆投下は誤りだった」と述べたことなどなどでした。戦争をけしかける政治家は、一度広島・長崎を訪問し、被爆者の声を聞くべきです。 なお、碓氷安中原水協では、大人3名、子ども2名をヒロシマの世界大会に派遣しました。その方たちの報告会は、10月6日(土)、細野ふるさとセンターで午後2時から開かれます。是非お出かけください。

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2012年7月10日 (火)

2012年平和行進、富岡市へ引き継ぎました。

20120709_004 7月8日は、松井田支所から出発して、商店街を行進の後「募金活動」、毎年松井田町の人20120709_007 たちは快く協力してくれています。4組の一時間ほどの行動で、約45000円、頂きました。その20120709_012 後行進団は、郷原から原市、そして安中市街に入り、午後2時30分に市役所に到着、参加20120709_019 者は延べ18人ほどでした。生協組合員の中からも数名行進だけ参加した人もいました。  20120709_025 翌9日は市役所で、岡田義弘市長、中島徳造副議長らに激20120709_028 励の言葉で送られて出発、市街地を行進の後、やはり募金行動、私は宣伝カーの運転20120709_032 に徹しましたが、この日は、市内のお寺、教会を回り募金を頂きました。総額では6組ほ20120709_034 ど出て50000円ほど頂きました。その後は国道18号を中宿、板鼻と下り公民館で昼食、昼食後は県道、岩野谷から富岡に向かって歩きました。途中で3箇所で休憩して午後4時20分に富岡市役所へ到着し、副市長をはじめ職員、富岡原水協の皆さんの歓迎を受けて宣伝カー、リレー横断幕、旗などを引き継ぎました。 この日の参加はのべ20名。無事に終了したので何よりです。参加された皆さん、大変、お疲れ様でした。 8月4,5,6日の「世界大会ヒロシマ」へ、安中原水協から4名の代表を送ることが決まっています。

最後の写真は、8日の松井田支所の出発式です。左端がこの日行進団長の私です。

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2012年7月 7日 (土)

2012年核兵器なくせ、さよなら原発、国民平和大行進はじまる。

Dscn0584 5月に北海道礼文島を出発した「2012国民平和大行進」が、東北の日本海側を通るコースから長野県へ引き継がれ、群馬県には7月6日碓氷峠で関東へ引き継がれました。明けて今日から群馬県内全市町村を歩Dscn0583 いて「核兵器なくせ、原発なくせ」の行進が始まりました。碓氷峠では午前9:00から出発式が行われ、今年89歳になる菊地定則さん(平Dscn0582 和行進県実行委員長・前橋市)を先頭に地元碓氷安中はもとより伊勢崎、前橋、高崎、大泉などから総勢50名になる大行進団が183のカーブがある「旧18号碓氷峠」を下り、午後4時にDscn0580 は安中市役所松井田支所へ到着しました。あいにくの雨天の連続でしたが、皆さん元気に歩かれました。明日からは、地元松井田町、安中市の行進になります。風邪が治りますように、祈って早く休みます。写真:碓氷峠カーブ150付近を下る平和行進団の一行、先頭を行く、青い袢纏姿が89歳の菊地定則さん。

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