映画・テレビ

2010年1月30日 (土)

マイケルムーア監督の「シッコ」をみました。 「sicko」(Michaele Moore)

2010130_002_3 暇があるので、かねてから観たかったマイケルムーア監督の「シッコ」というDVDを借りて観ました。彼は「ボーリング・フォア・コロンバイン」とか「華氏911」などというドキュメンタリー映画で、銃が野放しになっているアメリカ社会やイラク戦争を始めたブッシュ大統領(彼はブッシュが当選したと認めない)をユーモア を交えて、しかも痛烈に批判して有名です。シッコはアメリカ社会の医療2010130_003_3 制度について取り上げ、「国民皆保険制度」が成立しないのは、アメリカの民間保険会社や薬剤会社たちに買収された国会議2010130_005 員たちの責任だと、痛烈に喝破し皮肉っています。5人に一人は無保険者、だから足の切り傷を自分で縫合してい る若者が最初に出てきます。病院に行けない人々、中指2010130_011_3 一本縫合手術するのに540万円。 そして若い女性が交通事故で救急車で運ばれた際、事前に許可を取らなかったからと、保険会社は経費を払わない。 保険会2010130_015_3 に雇われた医師の役割は「患者の弱みを探り出して、いかに保険料を払わないで済ませる か」ということで、一定以上保険料を節約したかでボーナスがもらえる仕組みだという。だから、保険会社に保険料を 納めてい2010130_017_2 れば安心とはいえない、軽度な既往症を申告していなかったというだけで、保険金の返却を求められたりす るのだ。クリントン政権のときにヒラリー議員が「公営皆保険制度」を実現することを公約して話題に2010130_019_3 なったが、保険業界、薬剤企業などから、ほか の多くの国会議員と同じように 多額な献金攻撃をうけて(?)胡散霧消してしまった。そして医療制度改革などという法案2010130_021_3 なども、それらの企業の もうけのために税金をつぎ込めるように仕組まれているのだそうだ。アメリカの大企業は国が、皆保険制度を保障するのは「社会主義制度だ!」2010130_020_2 という「殺し文句をたてにして」マスコミなどを動員して国民をミスリ ードしてしまう、けして「俺たちの儲けが奪われるのはいやだ」などとは表に出さないで、ロシア、キューバ2010130_024_2 はもちろんフランス、カナダの医療制度まで、うそで塗り固めてしまう。ムーア監督はそこで、実際にフランスやカナダ、イギリスに渡って、いかに「それらの国の医療制度がでたらめかを実証しようと、意地悪な質問をして いきます」ところが、どの国も基本的に国民はおろか外国人の医療費さえただで(無料)診療している、しかも働く医師たちも誇りを持っている姿を映し出します。そして、「自分が住んでいるこのアメリカという国は一体何なのか?」と自問します。どこの国でも公立学校や消防や図書館などが無料で利用できるのと同じに「医療 を無料で受けられる」互助制度が確立している。けれどアメリカでは巨大企業の経営者たちだけが「アメリカは自由の国だ、公的な医療制度は必要がない!」といっているのだ。と指摘、最後に「フランスでは新米ママのために国が洗濯する費用まで面倒見てくれている。「僕もアメリカ政府に出かけていって洗濯をしてもらおう」とかごを抱えて国会議事堂に向かって歩き出すところで終わっています。皆さんも一度観てほしいと思います。日本の政府もどこかアメリカの制度を真似しようなどという流れが始まってはいませんか。写真:2、指の手術費、3、救急車の支払いを拒否された女性、4、成績がよいとボーナスが出ます。5、ヒラリーさん最初は元気だったが、6、ヒラリーさんの献金が2番目に多くなった、7、議員にわたった献金額がわかる、8、大きな病院から入院費が払えないからと路上に放り出された女性。9、フランスの政府は国民の怒りを怖がっている(デモ)が、アメリカは国民が政府を怖がっている。10、洗濯物を抱えて議事堂へ向かうムーア監督。

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2008年12月10日 (水)

人権講演会と映画「新あつい壁」を観てきました。

081210_002_2 今日は世界人権宣言が出た記念の日だそうです。1948年12月10日、第3回国連総会で採択されたそうです。それを記念して今夜は本当はハンセン病療養所入所者協議会の「谺 雄二(こだまゆうじ)」さんが講演の予定でしたが、体調が悪いとのことで弁護士の吉村駿一さんが代わりに話しました。(群馬県地域人権運動連合会高崎市協主催・高崎市たまごホール) 「らい予防法」と言う法律で90年もの間、差別と偏見に縛られてきた国立療養所に生活してきたハンセン病元患者の皆さんの嘆きと憤りは、簡単には理解できないでしょう。国が「無らい県運動」などという行政指導によって、患者を隔離してしまい、治る病気でありながら「業病」の汚名で家族から引き裂いてきた。10年前に裁判で国が謝罪し、予防法が廃止となり、もと患者に補償がされることになりましたが、療養所に住む元患者の皆さんの願いは、一般社会と同じ社会で共に暮らしたい、と言うものです。  映画は、中山節夫監督、50年以上も前、熊本県を舞台にハンセン病患者であることを理由にして、法の下の平等を踏みにじられて冤罪をでっち上げられて死刑になった人の事件を、若いジャーナリストがほりおこしていくという物語です。中山監督はハンセン病をモチーフにしてこのほかに、何本か映画をつくっています。何年か前、黒川温泉のホテルが元患者の一行を宿泊拒否をして問題になりましたが、その後、今度は謝罪を拒否した元患者の団体に、ひどい罵声や中傷が浴びせられたことも、この国の社会の未熟さを指摘しています。 「真実というのは、正義があってこそ初めて真実足りうる」という言葉がメッセージかと思いました。 大変重いテーマの映画でした。  ※群馬県では草津の栗生楽泉苑が療養所として有名ですが、明治、大正時代信越線で軽井沢から草軽電鉄(当時)で患者が搬送されていたということです。その際松井田町駅などでも停車して窓も締め切って、白い消毒液に染まった列車を見たことがある人がいました。

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2008年11月30日 (日)

映画「夕凪の街 桜の国」を観て新鮮で強烈なメッセージを感じた。

Hiroshima_summer_081_2 はるな生活協同組合(高崎中央病院)が主催した映画『夕凪の街 桜の国』を妻と二人で見てきました。何の事前知識もないまま見たのですが、これまでにない新鮮な『平和・反核』映画?の印象を受けました。「全体この街の人は不自然だ。誰もあのことを言わない。いまだにわけがわからない。」に始まり、やたらと過去と現在を行き来するフラッシュバックの技法を取り入れて過去のおぞましい惨劇の中で「自分だけ生き残ってしまっていいのだろうか?」という生きHiroshima_summer_073_2 残った被爆者の誰もが心の奥底に持っている感情を見る人に訴えています。私も35年ほど前、初めてヒロシマを訪れたときにヒバクシャの体験談を聞き、涙が溢れて仕方なかったのを覚えています。そしてこの種の映画ではじめてみたのが「銭湯の女湯のシーン」、あたりまえだけどあの当時生き残った人たちの多くは体のどこかにケロイドを持っていたはず。それを知りながらも、お互いに口にすれば「忌まわしい恐怖の日」を思い出さざるを得ない、だが現実は日常的にそれよりも優先する生活がある。この部分は女性作家しか描けないショットだと思いました。もちろん監督の意思もあったでしょうが。それに主人公の皆実が恋人と弟の姿を見ながら命が絶える場面の独り言、「嬉しい?10年たったけれど、原爆を落とした人は 私をみて『やった。また一人殺せた』とちゃんと思うてくれとる?」というせりふ。あまりにも女優の美しさとはギャップがあるこのせりふ、理不尽な戦争と無意味な原爆投下を逆説的な言葉で、痛烈に表現したところにこの作者、監督のすごいところがあるのでしょう。妻も夜勤明けで眠い、といっていましたが涙を拭きながら「久しぶりにいい映画だったよね」と感想を漏らしていました。ネットで調べてみたら原作はこうの史代さんの漫画だそうで、さっそく買って読んでみようかと思いました。皆さんも是非ごらんになってください。おすすめです(映画のロケに富岡市役所などが使われています。)※写真は原爆ドームを橋から見たもの、下は原爆資料館(06年)

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