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2014年4月

2014年4月29日 (火)

第19回九十九地区敬老会がありました。625世帯のうちで75歳以上の方を招待しましたが約310名。高齢者比率は34・8%、平均年齢は52歳の村です。

S3 S5 S7 高齢化社会の流れがここでも進んでいます。2年に一度の敬老会も、これまでは婦人会の皆さんが中心で「演芸」を提供してきましたが、S6 今回からはボランティアさんに半分の時間を賄っていただきました。三人に一人以上が65歳以上の地域ですから、無理もありませんね。でもこの先、どんどん高齢化が進み、若い人たちが少なくなれば「敬老会」そのものも、してもらえなくなるかもしれません。因みに松井田町の高齢者比率地域別では、松井田40・5、臼井41・7、坂本52・7、西横野28・6、細野35・5となっており、松井田町平均は、35・2%となっています。(2014年4月1日現在) 平均を下回っているのは西横野と九十九だけです。 私は今回も総合司会をさせていただきました。 日本舞踊名取姉妹の小林姉妹と写真を撮らせていただきました。

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2014年4月21日 (月)

MIA(安中国際交流協会松井田支部)で、視察研修を行いました。足利学校・鑁阿寺(ばんなじ)・桐生の彦部家住宅・明治館、忙しく見て回りました。

S1 MIA(中島徳造代表)はもともと松井田町国際交流協会でしたが、合併して安中協会の支部として活動しています。先日は、福祉協議会のバスを借りて「視察研修」を行いました。足利学校は「日本最古」の学校として有名S4 なところ、論語を中心に「儒学」思想を教え、戦国時代に兵法」も学べたようで、敷地内にある建物の中には「孔子像」などありました。ばんな寺は足利家に縁の深い寺でもともとは足利氏の邸宅だったようです。本堂は「国宝」に指S5 定、鐘楼も鎌倉時代のものとしてそれに近い価値だそうです。彦部家住宅は、1300年も続く家系で中世の豪族の一つ、日本で最古の「古民家」だそうで、丁度山門のかやぶき屋根を修繕していました。桐生明治館は1878年竣工した「元群馬県衛生所」だったものを1928年旧相生村役場として移築されたもの。今は国重要文化財です。S6

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2014年4月14日 (月)

軽井沢9条の会の皆さんが松井田町恩賀の「米軍基地反対闘争勝利記念碑」を訪ねてこられました。私が群馬県平和委員会を代表して説明と案内をしました。

S2 松井田町西野牧恩賀地区から浅間山にかけて、朝鮮戦争を有利に戦うためにアメリカ軍が、米軍の山岳訓練学校(米軍基地)を作ろうと政府に申し出たのが1953年でした。初めは、群馬県、松井田町、坂本町も反対を決議しましたが米軍と政府の圧力に負けて「条件闘争」から受け入れまで、半年で懐柔されていきました。最後まで「先祖の土地を戦争のための基地S5 にはさせない!」とがんばって抵抗したのがこの地区の人々でした。当時の共産党、社会党の活動家が先頭で、反対運動を組織、3年余の闘いで勝利したことで、運動に携わった人々の手でこの記念碑を建立したのです。軽井沢9条の会の皆さんは、14名、私の説明を聞いてこれからもお互いに連携をとりながら平和のために頑張りましょうと誓い合いました。桜はまだつぼみ、梅の香りが一面に漂って、春のひと時でした。下の写真は、基地闘争活動費のねん出のために作られた「バッジ」だそうです。軽井沢の基地反対闘争の話を聞けたのも初めてでしたので有意義なひと時でした。全国にはまだ、101か所もの米軍基地が全国に存在しています。まだ日本は独立を果たしていませんね。

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2014年4月 9日 (水)

サマンサが来日して約2年。お母さんのジラルディさんがやってきました。沖縄や東京を見物してきて、松井田町が一番好きと言ってくれました。10割そばで歓迎しました。

S2 バンクーバー出身のサマンサは、ALTとして松井田町で働いてもうすぐ2年になります。安中市が気に入ってくれたようでもう一年滞在する予定です。このほど、お母さんのジラルディさん(ジジがニックネーム)が訪ねてくれました。キャリアウーマンで通信会社のような職場で仕事をされているそうです。サマンサが長女で、妹が三人、弟が一人、5人のお母さん、でもサS3 マンサと姉妹みたいに若々しい方でした。日本に来て沖縄、東京と観て安中に来たようですが、東京は込みすぎていて好きではない。松井田町に来て静かで落ち着いているので好きです。と言ってくれました。サマンサは食物アレルギーがあるので、10割そばを打って歓迎しS1 ました。次はお父さんを連れてきて、一緒に「SAKE]を飲みましょうと約束しました。

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2014年4月 1日 (火)

平和とは何か?それは暴力のないこと、その中には「文化的暴力」で、人を傷つけるものがあるのです。たとえば「血液型」で人を差別すること…。

S4 原発をなくす前橋連絡会と群馬県平和委員会の共催で開かれた「原発問題から平和を考える県民のつどい」が3月29日、前橋市民文化会館小ホールで開かれ、記念講演で、立命館大S3 学教授、国際平和ミュージアム館長の安斎育郎さんの話を聞きました。安斎さんは東京大学原子力工学科の第一期の卒業生。初めから「原子力発電」の危険性を主張していたために、 17年間も助手のまま据え置かれ、研究会では様々な「アカデミック・ハラスメント」を受けたといいます。しかし、今や放射能問題や平和問題ではこの人抜きにはマスコミも無視できない存在です。もう一つの肩書は「国境なき手品師団」の名誉会員でもあり、超能力を見破る能力でも第一人者です。この日も講演の終盤でマジックを披露してくれ「見えないものまで見せて(想像)、国民をだます、政権の狙いをしっかり見極めることが大切!」と語り、大きな拍手に包まれました。なお、講演に先立って「私の子どもたちへ」など歌ってくれたのは富岡市を中心にライブ活動をしている「ザ・ウイスキーブラッサム」(強谷義和・大島雅史・松本秀樹】の皆さんでした。写真1、「騙されないで、見てください!」とマジックを披露する安斎育郎さん。3、ウイスキーブラッサムの皆さん。

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