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2010年9月

2010年9月30日 (木)

夢二記念館を訪ねました。60歳の誕生日

201092526_001 昨年が竹久夢二の生誕125周年でした。伊香保温泉に夢二記念館があるのは知ってい201092526_007 ましたがまだ行ったことがありませんでした。誕生日のお祝いに伊香保を訪ね、「大正ロマンの森」「竹久夢二記念館」をじっくりとみてきました。夢二は、明治17年、岡山県で生まれ、ここ群馬の榛名山一帯が気に201092526_036 入っていて、榛名湖畔にはアトリエも作っていました。伊香保にも、数多く滞在して絵や詩を作りました。記念館には夢二が残した膨大な作品のごく一部が展示されていましたが代表作で恋人の「彦乃」を描いた「黒船201092526_054 屋」は、年に2週間だけの公開でしかも予約制だというので見逃してしまいました。またの機会にします。夢二は大正期の小説、絵本、雑誌などあらゆる本の挿絵も描いたり、封筒、便箋、広告、着物の図案など広くその才能を発揮した画家であり、詩人でもありました。「宵待ち草」(まてどくらせどこぬひとを宵待ち草のやるせなさ、今宵は月も出ぬそうな)が有名ですが、一説には「当時無実でありながら権力の弾圧に倒れた、幸徳秋水事件を嘆き、この歌を作ったともいわれているようです」記念館では狭いホールで前橋のピアニスト安達淳一さんがピアノを弾いて生徒の内田栄子さんがこの歌を歌っていましたが、最後に20人ほど、みんなで一緒に歌いました。夢二は最初の奥さんに先立たれたあと、一回りも違う彦乃と愛し合うようになりましたが、周囲から反対され、榛名山を後景に彦乃をモデルに多く描いています。病弱だった彦乃(管内に写真も展示されている)の、繊細な美しさが多くの絵に永遠にのこされました。緑陰の中の静かな記念館です。写真1、記念館の前庭コケが美しかった。2、記念館入り口、3、夢二のアトリエから見た榛名富士、4、パンフレット

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2010年9月19日 (日)

レイテ沖海戦を語る、内田宇吉さんの話を聴きました。

2010915_003 内田宇吉さん(1925年生まれ・86歳)の戦争体験談を聴く機会がありました。内田さんは安中市小俣に生まれ、19歳で志願兵2010915_005 として海軍に入隊しました。横須賀の対潜学校を卒業し、昭和19年9月29日、瀬戸内海柱島沖で駆逐艦「潮」(2300トン、乗組員2010915_006 320名)に乗船しました。10月14日巡洋艦3隻、駆逐艦4隻で南へ向け出港「わが艦隊はフィリピン、レイテ湾に向かい米艦隊と決戦する。この戦いに敗れればわが国はこの戦争に勝てない」との艦長の訓辞を聞いて「とても生きては帰れないだろう」と思ったといいます。台湾の馬公で燃料を補給しレイテ湾に向けて猛進、ボルネオから「武蔵」「大和」「山城」「扶桑」が、内地から「空母4隻、戦艦2隻」など日本軍艦隊総力を挙げた戦いだったようです。24日真夜中、先行していた西村艦隊「山城」「扶桑」がボルネ2010915_009 オ海峡で米軍艦隊に攻撃され全滅、約6000名以上が戦死。この戦いで軽巡洋艦「阿武隈」が被弾し、「潮」が護衛して帰る途中、さらにB24,20機におそわれ大火災を起こし沈没、乗組員750名中300名あまりを救助してマニラへ。31日、11月5日、マニラ湾空襲で姉妹艦「曙」が被弾し戦死者多数、8日、陸軍の兵員輸送船を護送中、3000メートル先の輸送船がB25,3機に攻撃され轟沈、2000名余の兵員が戦死、13日、朝から夕方までマニラ湾空襲、機関兵23名が戦死、高熱蒸気を2,3分浴び2010915_014 た人間の体は手、指、顔は小さく白蝋のようにしなびていた。その後「潮」は片舷航海をしながらシンガポールで修理、昭和20年1月14日に日本へ帰ったそうです。以後、出港できず日本は敗戦を受け入れることになりますが、日本に85隻あった駆逐艦が終戦時にはわずかに3隻のみ、その一つが「潮」だったわけで9・9死に1生を得た戦争体験だったようです。内田さんの最後の言葉は「戦争はその勝敗のいかんを問わず、人類最大の愚行なり」でした。内田さんはその後、日本共産党員として「平和」のためにいろんなところでがんばっておられます。

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2010年9月14日 (火)

一般質問は9月17日9時からです。22年第3回定例会

9602_006 17日の一般質問の質問者と質問内容は次のとおりです。

一、山口覚議員 1、増田川ダム問題①県の再評価年度での市の対応について②ダムの国基準変更に対する市の対応について 2、資源ごみの利活用状況について①エコスポットの利用状況、②エコスポットの利便性の確保と拡充について、③資源ごみに対する市の考え方(財政的なこと)について

二、川崎文雄議員 1、高齢化対策について、①特別養護老人ホーム建設等、施設の拡充について②高齢者世帯に対する行政対応について 2、市政モニター制度について①県内各市の市政モニター制度について、②提案・提言における個人情報保護について、3、磯部駅北口広場整備について、①進捗状況について、②今後の整備計画について

三、吉岡完司議員 1、国道18号道路対策の市の対応について、①交通渋滞に対する認識について、②市としての取り組みについて、2、郷原地区の産業廃棄物中間処理施設計画について、①市の現状認識について、②今後市の対応について

四、小宮ふみ子議員 1、雇用対策について、①雇用状況について、②女性雇用について 2、環境問題について、①地球温暖化について、②太陽光発電について 3、市営墓地について、①市営墓地建設計画について

五、中島徳蔵議員 1、文化財保護について ①、簗瀬二子塚古墳の指定文化財について、②小野直文書の指定文化財化について、③古文書等の収蔵庫確保について、④市の文化財保護の姿勢について 2、中木ダム貯水池内の土砂等堆積物について ①水道用水の役割について、②洪水調節の役割について、③中木ダムの自然とレジャーについて

六、金井久男議員 1、ゴミ処理施設建設に伴う談合疑惑について ①、事実をどのように認識しているか、②企業からの弁明書について、③損害賠償請求について 2、入札事務の改善について ①落札率について、②予定価格と最低制限価格について,③公契約条例の制定について 3、買物難民対策について ①高齢弱者の生活サポートについて

七、上原富士雄議員 現在社会問題になっている高齢者の所在不明問題について ①市内在住の高齢者の現状について、②安中市の高齢者の安否確認について、③今後の対応について 記録的な猛暑の影響と今後の対策について ①市民への影響について、②教育現場への影響について、③明年以降の取り組みについて

八、武者葉子議員 青少年育成の基本方針について ①子ども自然体験学習の拡充について、②青少年の海外体験・海外留学の支援について、③子ども憲章について 新しい福祉対策について ①「地域福祉計画」について、②地域とのつながりへの対策について、③「買い物弱者」へのたいさくについて 子宮頸がん対策について ①検診無料クーポン券配布について、②特定年齢への集団ワクチン接種について

九、櫻井ひろ江議員 1、介護保険について ①ショートステイサービスの半数を超える利用について、②保険料の年金天引きの改善について 2、防犯灯、街路灯等について ①防犯灯、街路灯、市管理の電灯のLED化について、②街路灯への電気代の市助成について 3、碓氷病院について ①産婦人科の開設について

以上が通告状況です、開会は午前9時ですので是非傍聴においでください。

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2010年9月12日 (日)

安中市の財政力は県下二番目だけど、 決算の数値から

2010831_016  安中市議会9月定例会が始まっています。21年度決算審査がすでに終了しています。一般会計は歳入237億1598万1367円(対前年度比+8・05%)、歳出は226億4994万1561円(+9・02%)、差し引き10億6603万9806円(-1億739万2741円)となりました。このなかには翌年度へ繰越すべき財源が2億4873万円ほどあり、実質収支は8億1730万5806円で、前年度の実質収支が10億49万ほどあったので、21年度の実質単年度収支は赤字の1億8318万6741円となりました。 市債(借金)の現状は、前年度から27億5106万円償還し、新たに20億8150万円借りたので21年度末には、まだ199億3021万円ほど残っています。市民一人当たり31万5千円です。財政力を見ると、20年度単年度指数は、0・993,21年度はやや落ちて0・847となりました。財政力は3年度の平均を取るので0・907となりました。これは1に近くなるほど財政力が高い、要するに標準的支出に対して標準的収入が同額に近いものが確保されているということで、1を超えると国からの地方交付税が配分されなくなるということになるのです。この数値が群馬県下では太田市についで安中市が2番目になるのだそうです。ところが、反面一般会計での市税の滞納が、2億6673万円、固定資産税が8億4435万円、などとあり合計では12億5845万2664円もの金額が未収となっているのですからとても豊かな市であるとはいえないのも当然です。またこれに特別会計の国民健康保険事業特別会計にも、8億5544万円もの未収入額(滞納)があるので、合わせて21億円もの、本来なら納税されて使われなければならないものが金額だけ積みあがっているのです。これは21年度の市民が納めた税金(市民税、国保税、高齢者医療、介護保険料合計)122億5061万円の、17%近くになります。ただし滞納は、納めたくても納められない事情がある市民のことを思えば、そういった環境を変えていくのも政治の責任なのですが。

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2010年9月 6日 (月)

AIAのバーベキューパーティがありました。

2010905_002_2  2010905_007 猛暑が続く今日この頃、もう9日間も雨が降りません、暑くて大変ですね。昨日5日(日)に安中市学習の森で安中市国際交流協会(山縣英明会長)の主催でバーベキューパーティがありました。松井田町からALTの32010905_004 人を連れて参加し、楽しいひと時を過ごしました。集まったのは、中国、フィリピン、台湾、ペルーなどからの出身者とその家族の2010905_010 皆さん、お互いに肉や野菜を焼きながら楽しく会話ができて、Jenifer,Colleen,Claireたちも楽しんでくれました。写真1、テントの中でも暑かった一日、2、クレア(Clire)と富沢さん、右、3、Jeniferと Colleen、4、小学2年の女の子、と空手の練習するClaire.

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2010年9月 4日 (土)

みのりが丘パノラマパークが開園。新幹線安中榛名駅前広場です。

201091_012_2 201091_004_2 201091_005_3 新幹線安中榛名駅は整備されたての当時、かつて「もののけ駅」と呼ばれるほど駅を降りても山ばかりで、怖いような地区でしたが、このほど安中市が2.5ヘクタールの土地を整備し「みのりが丘パノラマパ201091_015_2 ーク」と命名(公募により、松井田町下増田の小林さんの案)され一般に公開されることになりました。5,6年前は中島博範市長時代201091_017_2 には大型のハコモノ建設が企画されていましたが、市長が変わってハコモノは中止となり、広場になったわけです。上段は0.8ヘクタールの砂舗装、下段は1.1ヘクタールの芝生、法面は0.6ヘクタールで一部分芝滑り台となっています。事業費は土地を含めて約4億円(整備費、1億3991万円)です。周辺はJR東日本が宅地開発してきたので現在400戸ほど近代的な住宅が建っています。180度南が展望できる、眺めの良い高原のリゾート地といったところです。1日に、開園式が行われ、記念に老人クラブと小学生のグランドゴルフが行われていました。写真2,3下段の芝生広場、4、法面手前が滑り台になっています。5、北側に向かうと駅となります。

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2010年9月 3日 (金)

異常気象、高温障害、だがゴーヤとなすびは豊作じゃ。

2010831_012 「親の意見となすびの花は千に2010831_008 一つの無駄がない」昔からのことわざです。親の意見はべつですが、ナスの花が咲けば咲くほど実りがある。今年の夏は113年2010831_009 間で最も暑い夏だそうです。これも地球温暖化がもたらした「温室効果」の影響でしょうか。地域によって乾燥、集中豪雨、寒冷2010831_004 など、極端な気象現象が世界中に起きているようです。毎日35度以上の暑さは、こたえますが我が家の畑ではなすびとゴーヤが豊2010831_014 作でして、毎日収穫していますが食べきれないのでおすそ分けしています。最近ゴーヤのジュースなども作って楽しんでいます。近所の田んぼの稲も猛暑で生育が進んでいます。出穂からの積算温度が1000度、要するに毎日30度の日が続いたなら、34日たてば収穫時期となります。私の田んぼは25日ごろの出穂でしたから、9月26日ごろには収穫時期を迎えてしまいます。そんなに早く稲刈りをしたことがありません。それにあまりに高温が続くと、コメの中の養分が変化して「乳白米」となってしまい、食味が落ちる、高温障害も起こってくる可能性があるのです。自然の摂理には逆らえませんが、異常な気候は思わぬ現象を引き起こすことになるのです。早く平年並みの気候に戻ってもらいたいものです。写真4:コンニャクも病気が現れました。5、もう黄色く色ずいてきたコメ

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2010年9月 1日 (水)

神様の残酷ないたずらだね。悲しい別れがありました。

3 30日に近所の2軒で「告別式」がありました。一人は現職の区長さん、癌の転移が再発して68歳でなくなりました。もう一軒は私の隣、道を挟んで斜向かいの家の「恵子ちゃん」33歳でした。彼女は、結婚して2歳の女の子がいましたが、2人目のお産のために千葉県2 から実家に戻っていました、7月31日に男の子が誕生したと喜びの声を、母親たちから聞かされていましたが25日の朝、急な発作、心肺停止状態で救急車で運ばれ、3日後旧国立高崎病院でなくなりました。死後の顔はまったく穏やかで静かに眠っているようでした。直接の死因は「心房細動」とか1 言う病気のようでした。告別式では何にも知らない2歳のリエナちゃんが、不思議そうにみんなの顔を見つめているのが不憫でなりませんでした。私は弔辞で「神様が残酷ないたずらをしたんだね」と思わず語ってしまいました。彼女は2歳の頃高崎から引っ越してきました。近所に丁度幼馴染の同い年の女の子とうちの息子が一つ下で、よく遊んでいたものですから、丸い顔の笑顔がかわいい女の子でした。これから子育てをしていこうという矢先、あれもしよう、これもしてやりたい、たくさんの夢があったろうに、若すぎる旅立ちになんとも言えない思いでした。写真:日曜日、文化会館の広場で安中商工会議所などの主催で開かれたイベントで大きな気球が出現、子どもたちが浮遊体験に歓声を上げていました。恵子ちゃんの魂も大空へ舞い上がっていったかな。

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