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2010年5月

2010年5月31日 (月)

基盤整備事業が完了して記念碑除幕祝賀会がありました。(高梨子地区)

Img_0008 2010531_001_2 平成11年に地元説明会を開き「高梨子地区基盤整備促進協議会」が設立され、金井久男を会長として10年以上、土地改良に取り組んできましたが、ようやく事業の完了を向かえ「記念碑の除幕」と祝賀会が催されました。面積が17.5ha、事業Img_0010 2010531_002 費は2億4,300万円、地権者は60名、実際の工事は15年から19年にかけて4年間でした。改良前と後とでは環境がまるっきり改善されて農作業も楽になりました。

写真:左が改良前、右が改良後改良後の同じ位置からの写真です。007s 2010531_004

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2010523_008 あいにくの雨でしたが除幕式、祝賀会は無事終了しました。左から新井敏正、岩井進、私と藤巻学、藤巻正尚副会長の皆さん。

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2010年5月30日 (日)

第17期JA碓氷安中総代会で質問しました。

2010527ja_002 5月27日、午後からJA碓氷安中の17回目の総代会が開かれ、出席し質問と意見を述べてきました。JA碓氷安中は組合員数が昨年より100名減少して正組合員3,353、准組2,152、合計で5,505人となっています。総代の本人出席が186、書面決議が173となりました。業績は事業利益では▽3,068万円の赤字でしたが、事業外利益で補填した結果、経常利益で4,195万円の黒字、剰余金は2,621万円となりました。本来、事業利益で黒字を出2010527ja_006 すことが好ましいのですが、今期は信用、共済部門でも不振が響き赤字を計上したものです。私は、昨年に続き「スーパーAコープ内の直売コーナーへの参加をめぐって、誰でも参加できるようなシステムに改めるべきではないか?」「西部地区で5JAあるものを、一つのJAに合併するような計画があるが、あまりに大きな合併は賛成できない、組合離れが進むだけ、もっと役職員一丸となって、合併しなくともやっていけるJAを目指してがんばってほしい」などと質問、意見を述べました。神戸営農販売常務からは「できるだけ組合員さん平等に直売に参加できるように考えたい、松井田町のトリチュー後に、Aコープが進出するような話も聞くが、そこでも同じように組合員のコーナーを設けたい。」などと答えがありました。農業をめぐる環境は、後継者不足、経営所得減、獣害などなど悲観的なものばかりですが、日本人が食べる食料は日本で生産しなければなりません。国の農政がもっとしっかりと食糧農業問題を位置づけなければますます後退して行くでしょう。世界では食糧難の時代だというのに、困ったものです。写真下は、答弁する中島博明組合長理事、議長は、山口覚(原市)さんと、黛守(細野)さんでした。

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2010年5月26日 (水)

演説会(政治報告会)を行います。 お出かけください。

2010526_002_2  参議院選挙もまじか、7月11日投票が有力です。そこで日本共産党安中市委員会(金井Photo 久男委員長)では、6月4日(金)午後6時(開場)より、松井田文化会館小ホールで「国政・市政報告会」を開きます。 2_3 たなはしせつ子さん(党県・くらし雇用対策委員長)から2_4 は、民 主党政権になって何がどう変わったのか? 変わらないのか?など雇用問題、くらしの問題が話されます。市議会議員は、桜井ひろ江議員、山口覚議員と私が、それPhoto_2 ぞれ安中市の中での議会活動、などについてお話します。お隣さんを誘って、是非お出かけください。

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2010年5月24日 (月)

かみつけの国(群馬)の歴史(history of gunma)を訪ねて保渡田古墳群、絹の里、富岡製糸場

2010515mia_012 松井田町国際交流協会(MIA)では、5月15日、社会福祉協議会のバスを借りて、初めて小旅行(研修会)を行いました。出かけたのは「か2010515mia_013 みつけの里」、北陸新幹線工事の際に発掘された高崎市群馬町保渡田地区から、大規模な古墳群と環濠集落跡が見つかり、二2010515mia_035 子山、八幡塚大規模古墳を発掘復元整備しています。もう一つの薬師塚古墳は現在、寺の境内となっており未発掘ですが再2010515mia_050 現された1500年前の群馬県「かみつけの里」には有力な豪族が支配していたことが伺われます。次は「県立博物館・絹の里」群馬県の養蚕から絹製品になるまでを展示しています。絹の里の庭でお昼を食べてから、富岡製糸場へ移動、ボランティアの解説を聞きながら場内を約一時間見て回りました。富岡市では「絹産業遺産群」として、荒船山の風穴、碓氷峠の鉄道近代化遺産、六合村(今は草津町)の養蚕農家群などなどをひとまとめにして「ユネスコ世界文化遺産」登録を目指して運動しています。岩手県平泉町の中尊寺を中心とする文化遺産と同じく、現在暫定リストにのっているところですが、中心は群馬県世界遺産登録推進室で8,000万円の予算を投入して平成21,22年度にかけて「イコモス(国際遺跡記念物会議)」へ「世界遺産推薦書」を作成して提出する準備を進めています。今から100数十年前に、日本の絹、生糸の生産、輸出は量、質ともに世界を席巻していたことが証明されれば、遺産登録はできるだろう、と関係者は見ているようですが簡単ではないようです。操糸場のなかに実際に動いている操糸機のビデオが紹介されていましたが「碓氷製糸協同組合」の操糸場のものでした。ちなみに、富岡製糸場に設置されている操糸機よりも古い機械が碓氷製糸では現役で働いているのです。動かなくなった操糸場の保存にお金をかけることも結構ですが、現役の製糸場を守るためにもお金をかけてほしいものです。碓氷製糸(Usui silk Mill)については以前に紹介しましたのでそちらを見てください。写真:1、八幡塚古墳の前で、2、古墳の周りに並べられていた埴輪が再現されています、はるか向こうに妙義山が見えました。3、富岡製糸場で説明を聞き、4、最後に記念写真。

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2010年5月21日 (金)

遠野市(Tono city)は日本人の心のふるさと。委員会で視察しました。

201051214_013 総務常任委員会の二日目の視察地は、「遠野物語」で有名な遠野市、人口は31,000人、遠野物語が書かれてから丁度100年ということで市では、キャンペーンの最中でした。「ゲ201051214_048 ゲゲの鬼太郎」作者、水木しげるさんのキャラクターで「漫画版・遠野物語」も刊行され、いたるところにポスターや本が見られま201051214_026 した。8億円もかけてリニューアルしたという「市立博物館」もよくできていました。財政力は小さいながら、市民の手で住みよい街づ201051214_037 くり、がいたるところに見出され、落ち着いている町でした。市は将来像を「永遠の日本のふるさと」を目指して遠野スタイルの街201051214_042 づくりを目指しています。特にこどもの権利条約にもとずいた「わらすっこ条例」を制定し(09年4月)、子どもたちを文字通り「遠野201051214_046 の宝であり希望です」と市民に参加と普及を促しています。民話を語る「語り部」さんを1000人養成して、訪問者に語る計画もあ201051214_047 り、泊まったホテルにも専用の部屋があり、女性がボランティアで30分ほど、お国言葉で「座敷わらし」「河童のいたずら」などの昔話を語ってくれました。伝承館という施設では、遠野物語を最初に柳田國男氏に紹介した佐々木喜善氏の記念館や「曲がり屋」のなかの一室で「昔話」の語りが行われています。曲がり屋の奥には、「おしら様」という、馬と女性の頭部を桑の木で彫ったものに、布切れにそれぞれの願いを書いて着せていく、部屋があり部屋中の天井まで積み上げられた「おしら様」に圧倒されました。機織や炭焼きなどの体験もでき、その小屋には「岸田袈裟」さん(今年2月逝去)という方が、アフリカケニアの子どもたちのために「わらぞうり」を伝承して衛生的な生活を指導したことが紹介されていました。岸田さんはそのほかにも遠野の「かまど」を伝え、生水でなく水を沸かして使うことにより「乳児死亡率」も格段に下げることができた。という話も、ラジオで聞いたことがあります。岸田さんの名前はケニアでは知らない人がいないくらい尊敬されているそうです。 いずれにしても遠野市には、私たちの周りにもかつて語り継がれてきた「昔話」が残されているということがすばらしいことです。財政的には安中市のほうがずっと高いものがあるのですから、もっと住みよい街にしていくのは私たちの責任でもありますね。東北の平泉町、遠野市を視察してあらためて考えさせられました。写真:1、市役所の前で、2:駅前の大看板、3:昔話を聞く語り部の部屋、4、おしら様の部屋、5、岸田さんの紹介、6、曲がり屋、7、河童伝説の残る「かっぱ渕」若い女性は旅行中に知り合ったマドンナ

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2010年5月16日 (日)

平泉町(hiraizumi town)は、世界遺産登録に向けてがんばっています。総務委員会で視察しました。

201051214_004 総務常任委員会(金井久男委員長)で、岩手県平泉町と遠野市を訪ねました。平泉町では、世界遺産登録に向けた取り組みと周辺市町村との連携、という趣旨で「中尊寺を中心とする「平泉文化遺産」の世界遺産登録に向けた活動をお聞きしました。平泉は、平成13年に「世界遺産暫定リスト」に搭載された後、18年12月、推薦書が国からユネスコ世界遺産センターに提出され、19年8月イコモス(国際記念物遺跡会議)による現地調査が行われましたが、20年5月イコモスから登録の可否を決める「世界遺産委員会」に向けて『登録延期』が勧告されてしま201051214_005 いました。 町では順調に行って『登録』されることは間違いない、と信じていたのが延期の決定にショックを受けたようです理由は、遺産の範囲が広大で外国人に理解してもらえない内容だった。ということで、指定範囲を絞り込んだり、浄土思想の翻訳などの面でわかりやすい内容に再度作り直す。ことで20年7月に早々と『23年登録を目指して再推薦』を表明し、2年間再調査、再検討をして22年1月、再度推薦書をユネスコ世界遺産センターに提出したということでした。今後8月ごろまでに「イコモスによる再現地調査」がおこなわれ、23年5月頃に登録の勧告を期待しています。 今、世界には890件ほどの世界遺産があります。そのうち自然遺産が176、文化遺産が689、総合遺産が25件となっており、日本には法隆寺、姫路城、古都京都など文化遺産が11、白神山地、屋久島、知床などの自然遺産が3件の14件が登録されています。ユネスコ関係機関がこれ以上増やしたくない、とか西洋の地域に多くて東洋に少ないのは、決めているのが東洋以外の人たちが多いためだとか、いろいろ難しい点もあるようです。しかし、人類の遺産、後世に残すべき『普遍的価値』があるものは、ほかにもたくさんあります。群馬県では『富岡製糸場をはじめとする、絹蚕業遺産群』が、やはり暫定リストに掲載されていて、その中に安中市松井田町にある国指定近代化産業遺産の『信越線鉄道施設文化財』がその一つに名前が載っており、群馬県は21,22年度に合計8,000万円をかけて『推薦書』を完成させて、世界遺産センターへ提出する準備を進めています。 日本の文化財や思想などが世界の人たちに理解してもらえるのはすばらしいことですが、そこまでの作業は大変なことのようです。まずは平泉の世界遺産登録を期待しましょう。※残念ながら時間が足りなくて、中尊寺までは足が運べず毛越寺(もうつうじ)の庭園だけ見て帰りました。

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2010年5月 9日 (日)

第36回安政とおあし(samurai marathon)侍マラソンが行われました。2000人が参加。

201050936_035 安中市の最大のイベント「第36回安政遠足(とおあし)、侍マラソン」が5月9日、開かれ、2000人がエントリーして、安中文化センター前から松井田町峠、熊野権現神社まで29キロ201050936_064 と松井田町坂本、峠の湯まで20キロの2コースで、さまざまな衣装を身に着けたランナーが旧中山道を走りました。この日は快晴201050936_065 で気温も上昇、途中の休憩で水を求めるランナーが多数、中には頭から水をかけていく人もいて、大変そうでした。完走した中か201050936_070 ら、上位者に記念品、仮装が優れていた人には特別賞として温泉宿宿泊券がペアで贈られます。その他仮装大賞などいろんな商201050936_067 品が贈られます。 このユニークなマラソン大会は他では見られませんが、今から200年ほど前、安中藩主が家来の鍛錬のため201050936_078 におこなわれた(安政2年5月から6月まで藩士96名を16回に分けて競わせた、と文書に残っている)のが始まりとされ、日本でのマ201050936_084 ラソンの始まりとされています。この行事を36年前、安中市、松井田町(当時)の有志が「安政遠足保存会」を組織して、侍のいでたちで参加するマラソンが復元されたものです。写真1:安中文化センター前、足軽長屋前のスタートの様子。(8:00)、以下は、15キロ、松井田町新堀地点(9:00~9:50)

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2010年5月 7日 (金)

青葉の茶会(Tea ceremony of new leaves)でアレックスさん夫妻と出会いました。

2010505_011_2 5月5日はこどもの日です。群馬県指定史跡五料茶屋本陣では、毎年松井田町内の茶道2010505_006 の皆さんが主催で、「青葉の茶会」が開かれています。お西、お東と同じつくりの建物の双方で流派の違う皆さん(大日本茶道学会、江戸千家)がそれぞれにお 2010505_008 茶をたててサービスしてくれます。着物を着た女性たちが大勢参加されていますし、おいしいお菓子もお茶も無料でご馳走になれ2010505_005 ますのでどうぞ来年はおでかけください。丁度五月人形の飾りつけもしてあって、珍しい人形もたくさん見ることができます。この日は、蕨市にお住まいで町内に別荘をお持ちのアレックスさんご夫妻にメールで案内をしておいたら、出かけてくれたためにお会いすることができました。アレックスさんはエンジニアとして働く傍らバイオリンの演奏もなさるとのことです。奥様は前橋出身の日本人、お嬢さんのあかねちゃんもかわいい盛りでした。

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2010年5月 5日 (水)

日本国憲法(Japanese constitution)は大切、音楽センターで憲法集会《1200人》

2010503_002 5月3日は、憲法記念日(anniversary of constitution)です。この日は各地で「護憲」「改憲」それぞれの立場で集会が開かれます。もちろんこの集会は「9条、25条を生か2010503_008 す時代へ」と言う「日本国憲法」を守る立場の集会です。今年で26回というから、伝統があるのです。今回は東京慈恵会医科大学教授・9条の会事務局の「小沢隆一さ2010503_012 ん」、憲法9条《戦争の放棄》と25条《社会保障の充実の義務》が生まれた経過から始まって、それぞれが改憲勢力や時の政治権力によって、攻撃されてきた50~00年代にわたって解説、現代の世界、アジアにおいて今こそ「日本国憲法」9条、25条の値打ちが光っており、なんとしても改憲を許さないことが平和や経済格差のない世界実現に役に立つこと。をわかりやすく話されました。印象的な話は「民主党の子ども手当てが始まったが、フランスではすでに戦前から、企業負担が70~80%の社会保険料を財源とする日本の約5倍ほどの手当てが行われており、少子化に歯止めがかかっている」ということ、日本の政治は「大企業の儲けを守る政治、政党」が多いから、それができない。ということでしょう。 前段には「大胡・ぞう列車合唱団」による合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」のアトラクションがあり、大きな拍手に包まれていました。入場者は1200人と発表がありました。

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2010年5月 3日 (月)

村人たちの花園,九十九草花園はコミニュティの場です。

2010501_007_2 九十九地区の中心地、国衙の信号を後閑方面へ下って200メートルほど行くと右手に「九2010501_001 十九草花園」という看板が出ています。毎月1日、と15日の日に、花の会《60歳以上》のメンバーが草かきや鎌を持って、やってきます。誰も花の専門家、詳しい人はいま2010501_002 せん。みんなでわいわいおしゃべりしながら花が咲くのを楽しみに、ちょっぴりビールでも飲みながらあれこれ話すのが楽しみのよ2010501_005 うです。どなたでも気軽に入って花を眺めてください。とお誘いの言葉がかけられました。

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