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2010年5月24日 (月)

かみつけの国(群馬)の歴史(history of gunma)を訪ねて保渡田古墳群、絹の里、富岡製糸場

2010515mia_012 松井田町国際交流協会(MIA)では、5月15日、社会福祉協議会のバスを借りて、初めて小旅行(研修会)を行いました。出かけたのは「か2010515mia_013 みつけの里」、北陸新幹線工事の際に発掘された高崎市群馬町保渡田地区から、大規模な古墳群と環濠集落跡が見つかり、二2010515mia_035 子山、八幡塚大規模古墳を発掘復元整備しています。もう一つの薬師塚古墳は現在、寺の境内となっており未発掘ですが再2010515mia_050 現された1500年前の群馬県「かみつけの里」には有力な豪族が支配していたことが伺われます。次は「県立博物館・絹の里」群馬県の養蚕から絹製品になるまでを展示しています。絹の里の庭でお昼を食べてから、富岡製糸場へ移動、ボランティアの解説を聞きながら場内を約一時間見て回りました。富岡市では「絹産業遺産群」として、荒船山の風穴、碓氷峠の鉄道近代化遺産、六合村(今は草津町)の養蚕農家群などなどをひとまとめにして「ユネスコ世界文化遺産」登録を目指して運動しています。岩手県平泉町の中尊寺を中心とする文化遺産と同じく、現在暫定リストにのっているところですが、中心は群馬県世界遺産登録推進室で8,000万円の予算を投入して平成21,22年度にかけて「イコモス(国際遺跡記念物会議)」へ「世界遺産推薦書」を作成して提出する準備を進めています。今から100数十年前に、日本の絹、生糸の生産、輸出は量、質ともに世界を席巻していたことが証明されれば、遺産登録はできるだろう、と関係者は見ているようですが簡単ではないようです。操糸場のなかに実際に動いている操糸機のビデオが紹介されていましたが「碓氷製糸協同組合」の操糸場のものでした。ちなみに、富岡製糸場に設置されている操糸機よりも古い機械が碓氷製糸では現役で働いているのです。動かなくなった操糸場の保存にお金をかけることも結構ですが、現役の製糸場を守るためにもお金をかけてほしいものです。碓氷製糸(Usui silk Mill)については以前に紹介しましたのでそちらを見てください。写真:1、八幡塚古墳の前で、2、古墳の周りに並べられていた埴輪が再現されています、はるか向こうに妙義山が見えました。3、富岡製糸場で説明を聞き、4、最後に記念写真。

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