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2010年4月

2010年4月29日 (木)

MMp-3の結果は、判断が難しい?リウマチ(rheumatism)でなくても数値が上がるのだとか。

2010429_001_2 下半身の痺れがなかなか思うように改善しないようです。先週井上病院での検査結果を持って持って27日に碓氷病院を訪ねました。すると「MMp-3の数値はリウマチ以外で2010429_004 も反応してしまうので、単純に判断できません。むしろ将来的にリウマチになる予測がされるというものです。」といって入院時の数値を出してくれました。それによると12月2010429_006 では200,1月には400ほどの値でした。「金井さんの場合は、CRP《炎症反応》が0に近く推移しているので、薬を変える事はありません。このまま様子を見て結構です。」と言2010429_008 って井上病院でのセカンドオピニオンは、まったく意に介しない様子でした。足の痺れはやはり、腰からきているのだろうから、少しづつリハビリするしかない。と言われてしまいました。 ※今日は、44歳でスキルス癌に侵されて、10ヶ月の闘病生活で亡くなった友人のお悔やみに行きました。若い人の死は、まったく悲しいです。遺族の顔がまともに見られませんでした。写真1:月桂樹の花、2:花梨の花、3:さくら草、4:パンジー、庭もようやく春めいてきました。

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2010年4月25日 (日)

敬老会(old people day)がありました。九十九地区では2年ぶりです。

2010425_011 九十九地区では75歳以上のお年寄りをお招きして、1年おきに敬老会を催しています。17回目の会の主催は地区の社会福祉協議会支部(白石敏行支部長)と婦人会(岩2010425_015 井由利子会長)の両団体です。高齢化に伴って、お年よりは増えるようで今年の対象者は310名ほど、そのうち約半数が参加してくれました。わたしは九十九地区の社協2010425_026 の副支部長ということで今回も、総合司会を担当しました。婦人会の皆さんが中心の演芸は、舞踊が中心で日本舞踊をはじめ、民謡、創作舞踊、中には飛び入りで昔、地区2010425_041 内に住んでいた人が「安来節」などを披露する場面もありました。会場が九十九小学校体育館で、5,6年生の歌、器楽演奏、白鳩保育園の園児による歌なども、参加されて2010425_043 お年よりはほほえましいひと時を過ごせたのではないでしょうか。写真1、園児の歌の喜ぶ高齢者、3、服部さんという方のどじょうすくい、2段の腕前だそうです。4、手作りの衣装で創作ダンス、「かもめの水兵さん」 5、小林華子(高2・名取)さんの本格的日本舞踊「京の四季」

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2010年4月24日 (土)

龍本山松井田院不動寺(Fudouji temple)で法事がありました。

2010117_012 松井田町では最も古いお寺ということで有名です。宗派は真言宗豊山派の寺院で本尊は千手観音で鎌倉時代の作と言われ、2010424_007 国宝に指定されてもおかしくない仏像です。この日、父の従兄弟、金井良恭17回忌、妻京子一周忌、良恭弟三郎四周忌、の法要 があり出席しました。良恭の父、彌十郎は私の祖父辰三郎の兄で、曽祖父、清八の次男です。長男は七太郎でしたが、金井家の跡を相続したのは三男の辰三郎でした。良恭さんは長く教員を務め84歳、京子さんは87歳で亡くなりました。子どもは三人の姉2010424_014_2 妹で、長女の紀子さんが昭和音楽大学の教授、ピアニストで松井田町の秋のコンサートなどでお世話になっています。次女純子2010424_019 さん、三女祥子さんたちも横浜、松戸と離れて暮らしているので、なかなか会う機会も少なく法事くらいでしかあえない状況です。今日は、寺で法要の後、磯部ガーデンホテルで食事をして帰りました。写真2は本尊の千手観音様の写真です。4は、磯部ガーデンホテルは「舌切り雀」の民話のふるさととして有名で、ロビーで人形のセットがあり、民話が紹介されています。

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2010年4月22日 (木)

セカンドオピニオン(second opinion)を聴くために井上病院を受診しました。

2010421_002_2 温かい温泉につかって療養といっても3日くらいでしたが、右足の神経痛が治りました。その後は、下半身全体の痺れと脱力感が2010421_004 あるので、念のためにリウマチ専門をかかげている「高崎井上病院」を受診してみました。井上病院は西口駅前、滋光通りから、2010421_007 信号を左にせまい道を入ったところです。以前、知り合いが怪我で入院したことがありお見舞いに行ったことがあり知っていた2010421_005 ので、迷わずに行けました。14日に問診を受け、MRIと血液検査を受けたので、昨日はその結果を聞く日でした。担当は桜井院長でした。結果はMMP-3という値が基準では36.9~121.0なのが「504.1」というとてつもない数字になっているのでびっくり、「関節リウマチ」です。とはっきり宣告されてしまいました。碓氷病院ではこの検査項目がなかったので、リウマチと聴いても半信半疑でしたが、こんな数字を見せられたら、それしかない、と覚悟を決めました。ただ、「足の痺れや脱力感は腰椎の変形、に原因があるようです。腰を痛めないように、大事にしてください」ということでした。今後、長く薬の世話になりそうです。 写真:高崎駅西口を左に折れて、滋光通りを左に、レンガどおりに病院はありますが、ちょっとせまい感じ、院内はリウマチの患者さんがたくさん待っていました。

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2010年4月20日 (火)

市民は迷彩服での訓練はごめんです!自衛隊の戦術教育(Militaly training)が市内で行われる?

098789_110 今日、議会全員協議会が開かれ、自衛隊幹部学校生による「地図を見ながらの偵察訓練」を安中市内9箇所で行われることが報告されました。これまで山形県新庄市で実施されてきた「地図を参考に、地域を偵察する」訓練が経費の節約等の理由で今後、群馬県安中市、および富岡市内で実施されることが決められたとのことです。具体的には、5月17日から20日までが偵察訓練、その後6月13日から17日までが戦術教育が行われるようです。総勢は、幹部学校生80人、それに教官が30人。マイクロバス8台に分乗してそれぞれの地区で徒歩で、訓練するようです。詳しい内容は説明されませんでした。  安中市後閑地域で5箇所、原市1箇所、九十九1箇所、新堀1箇所、五料1箇所、その他富岡氏下高田1箇所、妙義ふるさと美術館1箇所が訓練地域です。金井久男議員はどんな訓練をするのか質問、「迷彩服を着た自衛隊員が地域で歩き回るのを見る市民感情は好ましいとは思えない。断ることができないのか?」と総務部長に尋ねましたが、部長は「安中市はかつて山火事の際に自衛隊には世話になった、これからもいつ,世話になるかわからないので協力する。」との答弁でした。一行は磯部温泉ホテルなどに宿泊し、行動するようです。磯部温泉は観光地でもあり、一般のお客さんも宿泊しています。そんなところで100人を超える迷彩服を着た自衛隊員がうろうろしていたら、雰囲気は一変してしまいます。何のためにこんな訓練をするというのでしょうか?市民の監視がこれから必要になることでしょう。戦争は絶対にしてはいけない。戦争の準備も同じです。日本には平和を守る義務があるのです。

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2010年4月17日 (土)

補陀寺(Hodaji temple market)の市を覗いて見ました。

2010417_001 昔から4月17日は「大泉山補陀寺」の境内で農耕具や蚕具、ショウガ、桑の苗などの露天が店を並べ、老若男女が集まる、松井2010417_009_2 田町内では大きな市の一つでした。前日から花火が打ち上げられて、お客さんを誘いますが、出足はいまひとつのようでした。近年は、農業の衰退に沿って、農具や蚕具などを買い求める人も少なくなり、子どもたちが飴や焼き 2010417_012 饅頭を目当てに集まるほうが多くなりました。この日も朝は雪が残る寒い日でしたが昼過ぎには太陽も照りだして、暖かくなり、2010417_018 たくさんの人出でにぎわいました。写真:1、曹同宗のお寺です。2,3、鍬、鎌、刃物、桶などが並びます、屋根にはまだ雪が残っていました。今年は花屋さんがいませんでした。4、山門から妙義山が正面です。

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4月の雪、花が凍えて。昨日は久々の街宣でした。悲しい映画。

2010417_009 昨夜から冷え込んで41年ぶりの積雪となりました。17日は松井田町新堀にある「補陀寺」の市の日ですが(花火が鳴っている)412010417_022 年前のこの日に20センチほどの雪が降ったことをよく覚えています。今年はどんな年になるのでしょうか。そんな寒い日だった昨2010417_026 日、桜井ひろ江議員、山口覚議員とで、街頭宣伝にでました。下半身の痺れが残っているのでカイロを貼ってオーバーパンツを2010417_044 はいて、町なかで2箇所、参議院選挙に向けて「今の民主党政権や新党の動きなど」について日本共産党の立場で話しました。2010417_055 昨年の総選挙以後、ほとんど街頭に出ていなかったので車で通り過ぎる人から、手を振ったり、頭を下げてくれる人たちがいて、うれしく思いました。演説の内容は「10416.doc」をダウンロード です。     今朝は、雪のためか寒いのでしばらくソファでBSニュースを見ていました。そこで偶然に「世界のドキュメンタリー」《題名はグリーンGREEN・森を追われるオランウータン》09年の最優秀作品《フランス映画》が放映されていたのでみました。それはインドネシアの密林が開発されて「ヤシ畑」に変わっていく様をそこに住んでいたオランウータンが住処を追われる姿を記録した映画でした。世界で今、一年で九州の面積に匹敵する密林が開拓されてヤシ畑に変えられているそうです。このヤシから取れる「パーム油」が開発の目的です。パーム油はお菓子や化粧品、ディーゼル燃料などに広く用いられ、同じ面積で大豆の10倍、アブラナの8倍の収穫が見込めるというので安価で、多収穫なことが急激に増えている理由だそうです。しかし、カメラはもともと、密林の高い樹の上で穏やかに棲息していたオランウータンが、樹が倒され草が焼かれた後に枯れ木となった大木にすがり付いているやせ衰えた2組の母子を映します。次にヤシ畑の中を逃げ惑うように歩き、泥水の中で人間に救出されたり、トラックで運ばれ点滴を受けますが最後は好物であろうバナナさえも口にしようともせず、死んでいく姿を捉えていました。そして画面は、そんな密林の開発と都会でお菓子やケーキを食べる人間、大木を加工して家具やベンチなどの製品、潅木をチップにして生産する大量の紙、それらの工場などを交互にを映していきます。ナレーションはいっさいありませんが、中で流されている歌が「消費中毒」「私はもっとほしい!」といった歌詞で現代社会の矛盾を鋭く突いた映画でした。人間の飽くことなき消費、飽食の陰で自然界のルールが、ものすごい勢いで壊されていっているのです。悲しい映画でした。写真:1、細野の彼岸桜、2、細野の一本桜《カメラマンがいっぱい》、3、市体育館の前の桜並木、4、今朝の雪をかぶった桜、5、雪景色の中の桜

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2010年4月14日 (水)

そば打ち(Soba noodle making)してみました。

922_007 一昨年の秋産のそば粉が残っているので、先日、久々にそば打ちをしてみました。それほど力は要りませんがこれまで手首や922_009 腰が痛かったために我慢していました。 まず、①粉を量ります。2・8そばと言うのは小麦粉を2割入れるのですがよく混ぜることが922_005 肝心そば500に小麦粉100。水は300cc.②水まわし、粉に満遍なく水を含ませること。均一でないとうまくいきません。初心者は、 922_012 多少水を多めに入れることがコツです。ぬるま湯、熱湯などのほうが粘りが出てよいようです。③200回ほどこねたら30cm丸くら922_013_2 いに手で延ばす。④めんぼうで60センチくらいに広げる。⑤角だし、丸いそばを麺棒で巻いて縦横交互に広げます。ひし形を作る922_015 要領で延ばすことを角だし、といいます。⑥縦横、1,2回繰返すとそばが四角形になります。四角にすると切るときにも無駄がなく922_002 なり、たたむのも楽です。⑦包丁の長さがそばの長さを決めてしまいますから、できるだけ包丁の幅いっぱいにたたんで切りま922_016 す。⑧多少厚かったり、幅広かったりしても手打ちで売ったそばの味は格別です。 粉が古くなったせいか、つながりが多少悪かったようです。

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2010年4月11日 (日)

東邦亜鉛㈱安中精錬所(Toho Zinc Company Annaka Refinery)第19回視察会

20104010_004_2 安中公害の当事者だった東邦亜鉛精錬所(昭和12年創業)で、裁判が和解になって以来19回目の工場内視察会が10日行われ、原告団家族10名、議員などオブザーバー5名、弁護士3名などが参加しました。視察会はまず、会議室で「緑の大地を守る会(原告団)」と会社側で紹介とあいさつがあり、その後マイクロバスで工場内が案内されました。安中駅から高低差で80mほどの最高部にある焙焼炉から一段下の①ロータリーキルンへ鉱石が落とされ、硫酸で溶かして酸化亜鉛にする。(1200度~1300度)②ガスクーラーで冷却20104010_014 し③電解室へ送られた硫酸亜鉛がプラス電極に鉄板、マイナス電極にアルミ板が置かれ、アルミ板に99.9%の亜鉛が吸着される。572枚の板が置かれ一日約30トンの亜20104010_018 鉛が製造されている。④500度で溶かした亜鉛を20kgごとの型に入れ製品になる。大きい方は1トン、現在の価格は25万円/トン、⑤浄水場、施設、工場内の水も全て20104010_022 浄水して川に放流している。⑥濃硫酸の製造販売、鉱石に含まれる30%の硫黄から濃硫酸が副産物として生産され月3万トンほど販売している。⑦廃乾電池の処理、再20104010_040 利用、全国から廃乾電池が運び込まれ、処理されマンガンなどを取り出し再利用している。 新電解工場が建築中で来年から操業になると説明がされました。最後に会議室で意見交換が行われ、藤巻千浪緑の大地を守る会会長から「汚染土壌のために汚染米、汚染野菜。食っちゃいけない、売っちゃいけない。では俺たち農民は生きていけない。会社は新工場を建てられる力があるのに、もっと早く汚染土の改良を進めてほしい。国や県を動かして俺が生きているうちに実現してくれ」と悲痛な訴えがありました。会社側からは「いままでの基準が変わり、昨年からカドミの含有率が玄米は0・4PPM以下でないと流通させない。ということになった、国で現在土壌改良計画を検討中だというので、結果を待って県と協議していきたい。」などと答えました。 亜鉛はさび止めやガードレール、車のメッキに使われるのがほとんどで世界の生産量が約4000万トン、そのうち中国で11,700万トン、35%のシェアがある。次がカナダ、韓国、インドなどとなっており電気が安い国が多い。日本では62万トンほどで、そのうち12万トンを東邦亜鉛安中精錬所で生産している。昭和20年~40年代にかけて工場から出されたカドミウムを含む煤煙が工場周辺の農地を汚染、農業を壊滅的な被害をもたらした安中公害も、現在は安全な管理の下に運営されているようです。しかし長年かけて汚染された土の改良が進まないためにいまだに周辺の農家は、思うように作物を作れないで苦しんでいます。早く解決させたいものです。写真4:建築中の新電解工場長さ148メートル、高さ31メートルの大きな工場です。

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2010年4月10日 (土)

薬がいっぱい、とは言っても飲まないと不安。値段も上がった?

2010408_003 8日が受疹日でした。検査結果は良好。CRP(炎症反応)も0.01と言うことでプレドニン(ステロイド剤)を減らして一日14ミリグラムとすることになりました。それでも下半身のはれぼったさと筋肉の萎縮感がなんとなくいやな感じが残っています。医師は「長いこ2010408_007 と運動もできなかったから足腰の筋肉が弱っているのは事実です。少しづつ運動することです。」と言ってくれましたが、急に歩き2010408_007_2 始めてまた、筋肉痛におそわれたらと思うとなかなか運動に取り組む気が起きません。プールに行って水中歩行からはじめよ2010408_009 うかと思っています。桜も咲き始めました。早く思い切って運動したいと願っていますが。写真:いつも薬を買っている薬局です。おなじみになりました。2、これが4週間分の薬、価格1万円。高いですね。以下は庭に咲いている花々。

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2010年4月 8日 (木)

温泉療法(2)別所温泉へ足を延ばしました。無言館、寺めぐり、風穴。

201040456_035 鹿教の湯に別れを告げて塩田平に出ました。1時間ほどで「無言館」に着き、見学しました。画家を目指した学生などが戦争によ201040456_040 って命を奪われ、「平和な世の生まれたかった、と」無念の遺作が強く訴えているようです。私は2度目、妻は3度目でした201040456_052 が、幾度見ても心が痛みます、館のすぐ下に新たな建物ができていました。そこから別所温泉へ行き、案内所で旅館を予約した201040456_051 後、常楽寺、北向観音、安楽寺など重要文化財、国宝の三重塔などを見学、安楽寺の途中に戦前、治安維持法にただ一人反対201040456_069 した衆議院議員、労農党代議士「山本宣治」と地元長野出身の日本共産党代議士(作家)「高倉暉」さんなどの石碑を見つけま201040456_073 した。温泉は鹿教と同じ線質ですが3回ほど入浴し温まりました。翌日、地図で見つけた「風穴」を見に山に入り15分ほど走り、「別所山荘」という食堂のすぐ先で、歩いて5分ほどの高台で風穴を見てきました。風穴とは、蚕の種を夏までここに保存して掃き立てを7月、8月と遅らせて年に3,4回養蚕ができるように考え出された昔の「天然冷蔵庫」です。群馬県下仁田町、中之条町にもあり、ユネスコ世界遺産、絹遺産群の一つになっています。風穴を降りていくとスーッと涼しくなり、下の部分にはまだ雪が解けずに残っていました。写真1:無言館の下に出来た新館、中にいっぱい本があり読書もできます。6:風穴、石垣の部分に細い穴が開いていて風が通るようになっています。

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2010年4月 7日 (水)

温泉療法で信州の湯を訪ねました。鹿教の湯(Spa Kakenoyu)

201040456_018 リウマチ性多発筋痛症と診断されて3ヶ月が経過し、リウマチの薬や筋肉痛、炎症を抑えるステロイド剤(プレドリン)を16mg、そ201040456_025_2 の他痛み止めの薬9種類ほど服用していますが、なんとなく足の筋肉が衰弱し、しびれも変わりません。そこで昔からリウマチに効201040456_031 能があると言われている信州の湯治場、「鹿教の湯(かけのゆ)」を訪ねました。その昔、文殊菩薩が鹿の姿に変身されて、怪我や病気の回復に効果がある温泉を教えたと言う伝説が温泉地の由来です。豊富な湯が噴出しており、温泉は弱アルカリ性で飲用ができます。一日に3回ほど入浴、それもそれぞれに異なったお風呂で楽しめました。(つるや旅館・バリアフリー) 体は温まり、ゆっくり休めました。朝食の給仕に来ていた女性がスリランカ出身の方で、日本人と結婚されてもう23年、子どもが2人、働きながら夫の親を看ているといっていました。写真:1、小さいながらお風呂の数が3種、それぞれ露天風呂も完備。2、旅館の川向こうに文殊堂、薬師堂が祭られています。3、鹿が教えた温泉という、鹿のブロンズ像がありました。

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2010年4月 3日 (土)

碓氷製糸(Usui Silk Mill)、養蚕農家が経営する全国唯一の製糸工場

9601_004 碓氷製糸農業協同組合(高村育也組合長)は、組合員約400人の、碓氷安中地域の農家が出資して経営している全国で唯一つの製糸工場です。かつて50~60年前までは全国にたくさんの組合製糸や民間製糸業社がありましたが、現在企業経営の製糸工場はもう一つ山形県に小規模の工場があるだけです。碓氷製糸はもともとは民間企業のものでしたが廃業に伴い松井田町の町長をはじめ議員らが養蚕、製糸の存続のために出資金を出して1959年に組合を立ち上げたものです。 国内の需要の低迷と中国などから安い絹織物や生糸が輸入されるようになってから日本の養蚕業は衰退の一途をたどってきましたが、50年前に群馬県内だけで約80,000戸あった養蚕農家は、いま全国で1,020戸(2010年)、碓氷安中でも飼育農家は70戸だけになってしまいました。それでも全国13県から230トンの繭がここ碓氷製糸に運ばれ、年に45,000㎏の生糸が生産されています。(2009) 蚕の種類は今でも品種改良が進められており、現在13種類ほどが実際に飼育されています。代表的なのは群馬200、新小石丸、あけぼの、群馬黄金などで、それぞれの特徴に合った製品に加工されています。     4  大まかな工程を紹介すると、①乾燥 運ばれてきた生繭を5~6時間かけて60℃~125℃の温度で乾燥しさなぎを殺します。 ②保管 品種ごとに蜂の巣状になった倉庫に保管されます。2010401_011 ③選繭 人間の眼によって汚れた繭を取り除きます。2010401_015 ④煮繭 お湯で繭を煮詰めて操糸機に運ばれます。2010401_019 ⑤繰り糸 一般に21デニール(糸の太さ)繭7個分を自動2010401_020 的に調整します。細くなると機械が止まり人が繭を補給してやります。2010401_024 ⑥揚げかえし 大きな枠に巻き返し束ねやすくします。⑦結束 1キログラムごとに束ね、15個の梱包が4個で60kg(1俵)を箱に入れて出荷します。  ※繭10キログラムから2kgの生糸が取れ、2反の織物になり、2着分の着物が出来上がります。 ちなみに生糸の価格はいまキロ当たり5,000円、農家が手にする繭の価格がキロ当たり約2,000円ですが、ほとんどが国の補助金で、製糸が買い入れるのはキロ当たり100円ほどです。現在養蚕を支えているのは、70歳以上の農民ですから、あと5年もしたらもうこの国で蚕を飼育する農家がなくなって、製糸業の灯も消えていってしまうのかもしれません。 碓氷製糸への問い合わせは、027-393-1101へ

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2010年4月 1日 (木)

先祖のお雛様に会ってきました。人形展最後の日でした。

2010328_006 2010328_007 3月28日は、五料茶屋本陣の雛人形展の最後の日でした。2月16日頃から始まっていたのですが寒かったのと体調も悪かったりしたので、なかなか行けませんでした。28日2010328_008 は、松井田町の吉田菓子店で『ミジンコの菓子』などを買って、出かけました。たまたまALTのミシェルのお母さんが来ていまし2010328_001 て、お茶を飲んで、お菓子を食べて写真を撮りました。祖父母が日本から移住した3世で、小さい頃は田舎で果樹園などをして暮2010328_009 らしをたて、やがて町に出て学校の秘書などして働いたそうです。いまはバンクーバーに住み、ご主人はヨーロッパ人でミシェルはミックスです。「カナダ人は自分の国に誇りを持っていますが、他の国々の歴史や人々も尊敬しています。どこの国の人とも仲良くやっていくという民俗性があるのです。だから日本も大好きです。」と話していました。写真:1、最上段の内裏雛が金井家が寄贈した享保雛です。(約280年前のもの)4、玄関の前で右から2番目がミシェルのお母さん、5、夕方、高木先生のお宅で一緒にケーキをいただきました。

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