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2009年10月

2009年10月31日 (土)

日本の養蚕の灯を消さないで!農林水産省へ要請に行きました。

91019_003                  明日からは霜月、あと60日あまりで今年も終わりになります。年々、時日のたつのが早く感じられます。10月の活動をひとつ落としていました。9612_011 19日(月)、日本共産党群馬県地方議員団で2010年度予算と施策にたいする要望を各省庁へ届ける活動を行いました。参加したのは約20名、八ッ場ダムから保育行政まで、各省庁の担当官(お9612_007 もに課長、課長補佐)、参議員第2議員会館1階の第2会議室が中心でした。私は、国土交通省を中心にした要請を聞いた後、一人で「紙智子参9916_009 議院議員」の部屋で、農林水産省生産局生産流通振興課特産農産物対策室長、春日健二さん、同課長補佐、梅原信拡さんの9916_004 二人に、「日本の養蚕の灯をこのまま消してしまうのか、それとも次年度に何か対策はあるのか?」と聞きました。春日室長は「現在の大日本蚕糸会が行っている、提携システムについて来年度早い段階で検証を行い。それに伴って再度予算を要求していきます。決して伝統産業の灯を消すことはしません」と答えました。私は、碓氷安中、とりわけ碓氷製糸の厳しい実情を話した後「春日さん、あなたは、実際の蚕を見たことがありますか?」と聞いてみました。蚕も見たことない役人が、養蚕の厳しさをわかるはずないと思いましたので、すると「私は実家が福島県ですが通学途中では、よく農家が飼っている蚕を見たことがあります」と答えました。もう一件は、二軒在家に会った元貯木場(営林署所有)が、最近になって売却されたことを確認のために林野庁に聞きました。きてくれたのは林野庁国有林野部業務課国有林野管理室土地利活用班担当課長補佐の山根則彦さん、同じく企画官田原正純さんの二人でした。私は「かつて松井田町には1億円ほど(面積は10000㎡)で、購入の要請に来たことがあったから、あまりにも安い価格で売却しては国民の財産ですから、疑問をもたれる市民もいます」と経過をたずねました。山根さんは「この土地は、5回ほど入札を行いましたが落札せず、今年の2月、最後の入札業者と協議の上、約4000万円ほどで売り渡しました。景気の落ち込みなどで購入業者も高い値をつけてくれなかったようです。」などと説明されました。久しぶりに行った国会周辺も有楽町周辺の景色も様変わり、地下鉄も銀座線に乗ってしまい、ちょっと遠回りしたようです。写真1:こちら側が国土交通省、向かいで発言しているのは伊藤祐司元県議、3:小麦の自給率も最低です。4:安中市が譲り受けた民家(田村邸)で若い人により、養蚕が始まりました。5:蚕具にも懐かしさが漂います。

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2009年10月29日 (木)

松井田町国際交流のつどい09、楽しいふれあいが出来ました。

91025_011 先ほど、視察地から帰宅しました。今回は、総務常任委員会の研修で福島県南相馬市、秋田県仙北市の2箇所を見てきまし91025_030_2 た。詳細は後ほどまとめてから書き込むとして、先週の松井田町国際交流協会の集いを先に報告します。でないと先が詰まっ91025_021_2 てしまいますから。MIAの集いは今年で8回目です。総会のあと、皆さんのパフォーマンスが披露され、楽しいときを過ごしました。(松井田文化会館)  91025_024_2 ネルソンさんのギター伴奏による「アメージンググレイス」(写真2)、ミシェルさんの「日本舞踊」(写真3)、栗原先生のリードによる「赤とんぼ」91025_018_2 「ふるさと」を英語で歌いました。(写真4)今年のメインは、パナマのバレラみどりさんをおむかえし、お国自慢、パナマの紹介をしていただきました。(写真5)バレラさんは、ご主人がパナマ人で日本が大好きだそうでして、いずれ日本に住んでみたいといっていました。松井田町に住んでいただければ楽しくお付き合いが出来ますね。最後は、カナダの3人娘が「連想ゲーム」を提案、楽しいひと時を過ごせました。なお、ネルソン夫妻が11月末に、ニュージーランドへ帰り、一年は向こうで過ごすとのことで来年はちょっとさびしくなりそうです。

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2009年10月26日 (月)

「ひとめぼれ」稲の収穫が終わりました。昨年並みでした。

91020_011 91020_010 今年の稲の収穫を20,21日で行いました。このところ天気が落ち着いてきて、気候は乾燥気味で6月末に植え付けした稲も、急に色づき刈り取りの適期と91021_003 なりました。今年の夏は8月前半に雨が降り続いて、分ケツも進まず、低温のために「いもち病」などが発生、3度ほど消毒をしまし91021_010 た。部分的な発生にとどめることが出来ましたが、収穫には響いて、多少の減収になりました。25日、もみすりを済ませましたのでもうすぐおいしい「新米」が食べられそうです。でも明日から総務常任委員会の研修視察で、福島、秋田県を訪ねます。11月に入ってから、試食となりそうです。 写真:1、赤とんぼとイナゴが2匹、とまっているのがわかるかな?、4、最近のコンバインはほとんど力仕事がいりません。自動でタンクに入り、自動でホッパーにあけて、そのまま乾燥機に入れることが出来ます。仕事は楽になりましたが、ますます機械の借金は大きくなります。昨年の稲作の時間給は「179円」だそうです。

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2009年10月24日 (土)

松井田町ふるさと祭り前半、展示、舞踊など

91018_001 合併前は「ふるさと祭り」合併後は「市民フェスティバル」と呼称が変わりましたが、以前どおりふるさと祭りがいいようです。前半91018_004 の催しが16~18日開かれました。活け花、書道、写真など、力作が展示されていました。そしてステージでは18日、11:00~15:91018_017_2 00舞踊祭が開かれ、たくさんの踊りが披露されました。中でも、今年カナダ、バンクーバーからALTとして中学生の英語を教えて91018_021 いるエングラー ミッシェル(23)さんは、今年の4月から、私の知り合いの舞踊グループで、習った踊りを見せてくれましたが、大94221_001 喝采を浴びていました。お母さんが日本人、だそうで、まったく日本女性になりきっていました。来年7月までの任期ですから、91018_011 あと2,3の踊りを習得して帰国することになることでしょう。私も一緒にツーショットしました。 写真:舞踊1、男らしい踊り「富士」の佐野興伸さん。2、「祝賀の舞」柳沢、小板橋みや子、石田早苗さん。3、ミシェル稽古風景、赤の浴衣が本人、右端が西川扇生代先生。4、まさに日本的美人でしょう?

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2009年10月22日 (木)

安中市の消防組織。年一回の「点検」がありました。

91018_002 91018_003 91018_004_2 安中市の地域消防組織の総点検が一年に一回開かれます。今年は18日(日)、板鼻近く、群馬県クレー射撃場西側広場(市有地)で行われました。点検に参加したのは、安中市消防団第1分団第1部(安中市中宿)から始まって第14分団第2部(松井田町土塩・新井)のボランティア団員の皆さん、総勢定員545名、実員523名。消防車はポンプ車が22台、小型可搬ポンプが19台。その他女性防火クラブが1本部、10支部、360人が加盟しており、数十名が参加しておりました。又、常備消防、高崎市等広域市町村消防組合のプロの消防士などが参加しています。点検は、消防自動車の整備状況、ポンプ車を使っての操法訓練、行進や整列などの部隊訓練などなどが安中市長はじめ来賓者の前で披露され、長年消防隊員を続けてきた皆さんが永年勤続で表彰されました。写真:全員が整列しているところ、下は団長が岡田義弘市長に対して報告しています。ところで、訓練中、隣の射撃場ではひっきりなしに「ダン、ダーン」と鉄砲の音が絶え間なくあいさつの声も、とぎれがちにしか聞こえませんでした。イベントの間だけでも何とかしてほしいものですね。それにしても近所の人たちは大変ですね。

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2009年10月18日 (日)

第17回「夢伝」大会に650人参加。天気は快晴!

91018_016 91018_004_2 障害者と健常者がともに、夢を伝え合いながら、一緒に歩き、走り、汗を流す。松井田町で、はじめられた「夢伝大会」も、今年で17回目になりました。も91018_006_2 ともと、東京豊島区にある社会福祉法人の施設「ゆきわりそう」の関連施設があることから、増田明美さん(元マラソンランナー)を91018_007_2 名誉会長にして始められたのですが、現在は松井田町だけで障害者とボランティアを募集し、秋に行っています。(大会会長は岡田義弘市長、実行委員長は寺島伸二さん)、この日はたくさんのボランティアの皆さんと障害者の皆さんで650人ほどが、松井田町の商店街を歩き、走り汗を流し、そして楽しく交流しました。開会式では、ワーク秋桜(コスモス)まついだ、福祉作業所で働いている、玉木昭光さん、太田依美さんの二人が、元気に選手宣誓を行いました。

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2009年10月15日 (木)

八城人形浄瑠璃「城若座」秋の公演があり、熱演に大きな拍手が起きていました。

91015_002 91015_005 松井田町八城を中心に活動している「人形浄瑠璃」城若座(原田徳四郎座長)の秋の公演が八城西住民センターでありました。演目は「朝顔日記・宿屋の91015_007 段」(深雪という武士の娘が、好きあった男との行き違いで、旅に出て盲目になりゴゼとして、朝顔という名前で宿で琴を弾いて再会するが目が見え91015_014 ないためにすれ違い、男は昔の娘とわかって、以前娘がくれた扇子と、目薬を娘に送り、分かれるが娘はその目薬をつけて、や91015_018_2 がて見えるようになり結ばれる、というラブストーリー)、「阿波の鳴門・巡礼の段」(浄瑠璃ではもっとも有名な話のひとつ、お家91015_009 騒動がもとで、3歳の子どもを置いて、徳島から追われるようにして京で隠れ暮らす夫婦の下へ、9歳になった娘が一人、巡礼の姿でたずねてくるが、母親は、娘に災いが及ぶのを恐れて名乗れずに追い返す、しかし思い直して追いかけるが、今度は父親が娘が持っている金を騙し取ろうと娘を問い詰めるが、言うことを聞かず騒がれ、口を押さえて殺してしまう。人間の喜怒哀楽を盛り込んだ人情話。「あい、あい、とと様の名は阿波の十郎兵衛ともうしまする・・・かか様の名はおゆみともうしまする・・」という子どものせりふで有名です。)それに、「御所桜堀川夜討」(弁慶に子どもがあって、再会した子どもを殺して、主君に義理を果たす、という話)の3段でした。最後までは見られませんでしたが、90歳を超す原田さんの朗々たる謡と語りには皆さん大拍手でした。城若座は、明治18年に、村で疫病が流行したとき、行者にみて貰うと「人形浄瑠璃を放置しておいたからだ」とお告げがあり、元録時代から続く浄瑠璃を再演したら、病が治まったので創立されたということです。その後幾度か中断しましたが昭和49年10月15日に復活、現在座員は20数名で、自営業や公務員など壮年の皆さんでまとまっています。いまは「八城人形芝居」として地元の努力、松井田町の助力で最近では毎年上演され、市内の小中学校などへも出向いて、子どもたちに無形文化財の大切さを教えています。昭和60年には「群馬県文化奨励賞」を受賞、平成6年には、群馬県民会館でも上演するなど、活躍しています。写真:2:謡を語る太夫(中が朝顔日記を語る細谷さん、左端が原田さん)、右は三味線の鈴木さん、3:朝顔日記の場面、4,5:特に5では母と名乗れずに、わが子の髪をすいてやる場面、最も観客の涙を誘うところです。6:出番を待つ人形たち(八城西住民センター)、春には文化会館でも公演があります。

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2009年10月13日 (火)

ピザの作り方。レシピを見ればすぐわかります。でも手作りはおいしい!

91012_002_2 昨夜、ピザを作って食べました。忘れないうちに、手順を踏んで紹介しましょう。まず、材料ですが、粉、薄力粉210g、強力粉9091012_004_4 g、イースト6g、オリーブオイル、砂糖、塩、少々、生地にする粉は、前述したものを混ぜ合わせて2時間ほど前に仕込んでおきま91012_006_2 す。一次発酵した生地を、二つに分けて20分ほど二次発酵させてから、盛り付けです。皿の上に30センチほどに丸く広げ、オ91012_007_2 リーブオイルを少し塗ったあと、トマトソースを全面に塗り広げます。そこにトマト、サラミ、エリンギ(マッシュルームより安い)、ピー91012_009_2 マン、最後にとろけるチーズをたっぷりと載せます。あとは、200度のオーブンで、13~15分ほど焼けば出来上がりです。簡単91012_011_2 でしょう!載せるものは自分の好みでハムでも、エビでも、いいですね。でもトマトはなくてはなりません。酒のつまみにも、夕食に91012_013_2 は3人分はちょっと足りないかな?食欲の秋です。たくさんうまいものを作って楽しみましょう。

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2009年10月12日 (月)

スポーツの秋、実りの秋、食欲の秋。

91011_007_2 91011_006_2 秋たけなわです。11日は「松井田地区スポーツ祭」、合併前、ずっと以前は「町民体育大会」でした、平成6年からは「町民スポーツ祭」となり、平成19年安91011_001_2 中市と合併し今の名称となりました。それでも、以前からの回数「第39回」を銘打っているから、昭和45年以来の大会だと認識して91010_010_2 いるようです。 いまでも7チーム対抗戦(松井田、新堀、臼井、坂本、西横野、九十九、細野)で、争われます。種目はグランドゴルフ、玉入れ、綱91011_002_2 引き、名が縄跳びなどと老若男女が参加できる、楽しいスポーツ大会となっています。 黄金色の稲穂が風に揺れ、収穫・実りの秋91012_009 です。方々で稲刈りが盛んに行われています。一年に一度のうれしい収穫ですが稲作の農家の時間給は、わずか「179円」にしか91012_013_2 なりません、生産費が年々上がっていても販売価格は下がり気味だからです。減反政策も、始めてもう40年になりますが、効果が上がりません。車や電気製品の輸出と見返りで安い農産物を自由に入れ続けているからです。周りを見ても、ほとんどの農家は70歳以上の農民がやっているだけ、あと10年したら・・・?恐ろしい時代になりそうです。 そうそう、収穫の感謝をこめて鎮守の森、碓村神社にもおまいりしました。  今夜は、久々にピザを作って食べました。お店で食べるのはいったん冷凍にしてあるか、焼きすぎかで、自分で作るピザにはかないません。 昔、ネブラスカ大学の寮にいたころ、夜、勉強しながら、くじ引きであたったものが寒い中、近くのピザ屋から、買ってきてみんなで食べたのが忘れられません。「あれはおいしかった!」でもホームメイドはうまいですね。粉300gで3人分、トマト、サラミ、ピーマン、エリンギ、チーズなどで、原価は900円くらいかな?

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2009年10月10日 (土)

台風一過で秋景色になりました。ハヤ釣りしながら田の見回りです。

91010_001_3 91010_002  台風18号が群馬県を北上しました。雨はさほど多くはなかったけれど、過ぎ去ったあとの風が被害を残していきました。稲を刈って「はぜ掛け」しておいたのが、風で倒された家が数件ありました。一日置いた9日4時半ころ、久しぶりに川に行ってみました。九十九川の支91010_006_2 91010_008 流、子どものころから慣れ親しんだ川です。昭和35年くらいに建設された堰堤があり、子どものころの水泳場でした。少し深い91010_011 ふちになっているために魚がいます。しかし、数年前「川鵜」が集団で魚を食べつくしてしまい、大きなのは見なくなっていました。ためしに糸をたれてみましたら、17~21センチ大のハヤ、(この辺では「ハヨ」または「ホンバヨ」といいますが地方によって呼び方が違うようです)が4尾、1時間の間に釣れました。最近川鵜の姿が見えないのでハヤも大物がいるのかもしれません。次にはもう少し大物を狙ってみましょうか。田んぼでは、もう稲刈りが最盛期です。私は皆さんよりは2週間も遅く田植えをしましたので15日から20日ころになるでしょうか。できることならば収穫も豊作がいいのですが、今年は夏場の日照時間が少なかったので昨年よりは減収だと皆さんいっています。

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2009年10月 6日 (火)

秋はスポーツと文化の季節。子どもたちの活動ぶりは元気です。

9919_008 9月19日は、九十九小学校(児童数65人)の運動会でした。昔はもっと遅かったのですが?年々早まってきています、子どもたちも汗だくでがんばっていました。私の学年は2クラスで78人でしたから(1950生まれ)、一学年よりも少ない児童になっています。1960年代の運動会ともなればラジオ体操のために両手を広げて広がると校庭がいっぱいになったものでした。そして走るときはほとんどが裸足でしたよね。

9928_003 さて9月30日は、役場となりのセンターで安中市中学生の「英語暗唱・弁論大会]がありました。市内公立中学校6校と新島学園校の生徒9928_005 の皆さん40名あまりが、英語でスピーチをしていました。今年の審査員はネイテブスピーカーのネルソン夫妻とその友人アンディでした。会場は、指導している教師とALTの皆さん、保護者の皆さんが見守る中、みんなすばらしい発音で発表していました。ここで優勝すると西部、県大会まで行くそうです。

91003_001_2  10月3日は「白鳩保育園」(九十九)の運動会、あいにくの空模様のために九十九小学校の体育館内での実施となりました。父91003_004 母はもちろん「祖父母」参加の玉入れなどがあって、にぎやかな運動会でした。写真:下4枚は保育園の運動会、応援席は若いおじいちゃんおばあちゃんばかり、玉入れにがんばるおじいちゃんたちを見て、声援を送る園児たち。(4枚目)

91003_009 91003_010_2

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2009年10月 3日 (土)

落語を聴いて平和を考える、世界大会報告会で報告しました。

99277_002_2 99277_008_2 9月27日、第七回、「笑って泣いて知る平和、原水禁大会報告集会」平和のつどいが細野ふるさとセンターで開か 99277_014_2 れ、50人余が集まりました。報告したのは、原水爆禁止世界大会2009長崎大会に参加した、橋爪文夫さんと私の二人でした。小俣喜一郎99277_013_2 さんは急な用事があって参加できませんでした。橋爪さんは、自分が読んだ核兵器禁止に関係する本や見た映画などをもとにして約20分間報告されました。私は文書で報告集を出していたので、現地で撮影してきた写真を映写して報告としました。その後第2部に移り、寝床家道楽さん(78歳)、素人で落語を覚え、平和や憲法9条に関係した創作落語を披露してくれました。そして、自らの戦争体験、子ども時代に学童疎開に行かされ、3月10日、東京下町の大空襲で家族全て失ってしまい、孤児となってつらい戦後を生き抜いてこられたことをしみじみと語ってくれました。金井久男の報告集は「09.doc」をダウンロード をごらんください。写真は、挨拶する中嶋昇太郎代表、報告する橋爪さん、と寝床家さんの落語

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59歳の誕生日、カラオケで。

9926_007_2 9月26日は59歳の誕生日でした。この日は台風の到来する特異日として有名でしたが、我が家では養蚕の晩秋蚕期の上蔟9926_006_2 (熟した蚕をまぶしに上げること)の最盛期でした。 幼いころはそんな忙しい日々でしたから「誕生祝」などしてもらったことなどありませんでした。どうかして、仕事が速く済んで、コマ肉のたっぷり入ったカレーなどを作ってもらったことがあるくらいで、思い出はありません。養蚕をやめてからは、家族で外食してお祝いしてきましたが、日本人がわりと淡白なのに比べ欧米人は、家族や知人の誕生日をとても大切にしているようです。一番の思い出は、1970年、アメリカ、ワシントン州の果樹園で働いていたころ、同じ季節労働者の米国人夫妻から手作りケーキを贈ってもらい、感激したことがあります。今年も、軽井沢に住む友人夫妻から25,26日どちらか出かけませんかと、お誘いを受けたのですがつごうがあっていけませんでした。今年は、妻の帰りを待って7:30ころ安中のお店に出かけて、娘と3人で歌を歌ってお祝いとしました。「青春時代」「長崎の鐘」「学園広場」などなど、古い歌ばかりですが・・・。

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