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2009年5月24日 (日)

非戦の牧師、柏木義円をたずねて新潟県与板へ行ってきました。

9523_023_2 平和の使徒、新島襄は、全国でも有名ですがその新島襄から教えを受け、元は新潟県の寺の跡取りだった者が、同志社を卒業しキリスト教に改宗し安中教会の牧師となって地元安中市を中心として布教活動をした柏木義円さん、についてはまだまだ深く知られていません。この義円さんの偉大なところとは「非戦」思想を貫いて、自ら編集発行していた「上毛教界月報」という雑誌に、満州事変(1931年)から始まった日中戦争に対して「満州から兵を引き上げよ!」と訴え続け、発禁処分にされたり警察に検挙投獄されたりしながらも、筋を曲9523_013 げないで「非戦」を叫び続けたというところでしょうか。義円さんの故郷は、与板町ですが、5月23日、「非戦の願いを継ぐ安中・松井田の会第41回学習会」で私たちが訪ねた「真宗大谷派西光寺」には、安部さんという家族が寺を守ってはいましたが、生誕の地では、一本のぼっくいが立っているだけでした。与板の人たちにしてみれば寺を捨ててキリスト教に改宗した、跡取りには何の親しみも湧かないといったところでしょうか。しかも与板では、今を盛りに「直江兼続と妻、お船」ブームに染まり、本来は「民俗資料館」だったものが「兼続お船ミュージアム」などと看板が架け替えられておりました。NHKの恐ろしさです。それはさておき、一行25人は西光寺にて昼食をいただき、同行してくれた柏木義円のお孫さんにあたるベーケン恵(けい)さん(安中3丁目在住)から、義円と私という内容で30分、お話を聞くことが出来ました。義円さんは、妻かや子さんとの間に7男2女をもうけましたが、清貧のなかでも力強く生き、多く9523_018_2 の市民から慕われていたということです。恵さんは長男、隼夫さんのお子さんだそうです。ちなみに、柏木義円は、万延元年(1860)のうまれですが、明治の初め1882年からの数年間、碓氷郡細野東小学校(現在の九十九小学校)で、校長として教壇に立っているが、そのとき私の祖父、金井辰三郎の兄、彌十郎(次男)、ぶん(長女)の2人が、ここで教えを受けていました。卒業証書があったのでわかりましたが、まったくの偶然です。その後義円さんは学費をためて同志社大学へ入学し、牧師の道を歩んだいったようです。安中の下野尻にあ9523_019 る「西広寺」は、義円さんの子孫が墓守をしています。もっともっと義円さんの生涯や活動が明らかにされて、多くの市民に理解されるようにしたいものです。写真:1、西光寺の墓地前で、2本堂で恵さん(中央)の話を聞く、3、柏木家、と現住職安部家の先祖の墓の前で、4、駐車場の看板に負けている「柏木義円生誕の地」看板

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コメント

いつも楽しく金井さんのブログを拝読しています。安中についてアクティブに情報をインターネットで発信している方は金井さんお一人だけではないでしょうか。
私も以前、柏木義円について書籍で少し調べたことがあります。新島襄は1890年に亡くなりますが、彼が生前に同志社を送り出した最後の卒業生のひとりが義円でした。直接新島から薫陶を受けた最後の世代です。
満州事変勃発直後に、義円が上毛教会月報に掲載した「宜しく満州から兵を徹すべし」という論文は迫力があります。高崎にあった陸軍の連隊を、民衆が万歳の声でもって高崎駅から送りだしていた時代に、その世相に抗ってこのような論文を発表することはどれほど勇気のいることだったでしょうか。現在の日本社会では、マジョリティと同じ事を言わない人のことを「空気が読めない」と批判する風潮がありますが、あえて空気に抗い発言する勇気を持つことこそが人間として大事なことだと思います。
金井さんをはじめとして、有志の方々が現在も義円を偲んでこのような勉強会を開いているのはすばらしいですね。

投稿: さとっち | 2009年5月28日 (木) 20時52分

さとっちさん いつもありがとうございます。安中市には立派な先人たちがたくさんおられるのに、現代の街づくりに生かされていない気がしています。私もまだ新市民になって3年ですので、これからしっかり掘り起こして行きたいと思っています。アドバイスをお願いします。金井久男

投稿: 金井久男 | 2009年6月 2日 (火) 08時03分

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