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2009年4月

2009年4月29日 (水)

「冬のソナタ」を撮影した島が観光資源になっていた。(韓国の旅5)

9414_092_2 アニヨンハセヨ! 韓国ドラマ「冬のソナタ」がぺ ヨンジュンとチェ ジウの主演で大ブレークして以来、韓流ブームが広がりましたが、韓国では法律で映画館で上映する映画のうち4分の一以上、国産のものを上映しなければならないという決まりになっています。90%がアメリカ映画の氾濫している日本とは違って、国策で韓国の芸術家を保護しているのです。ですから、安心して思い通りの映画が作れるのでしょう。それにしても駄作映画では国民から支持されないでしょうから、ヒットしているものはそれなりに評価できるものなのでしょう。私も、最初にNHKの深夜放送で「冬ソナ」をみたとき、新鮮な驚きを感じ、妻に見るように勧めた位でした。その後は妻のほうがヨン様ファンになってしまいましたが。そんなわけで、韓国での3日目は「南怡島(ナミサム)」を訪ねました。南怡島(ナミサム)は、ソウルからバスで2時間くらいでしょうか、漢江の東にある清平湖に浮かぶ面積46万㎡、周囲約5kmの小さな島で、個人の所有だそうです。船で島まで10分かけて上陸するとそこは9414_098 「ナミナラ共和国」などと記され、ホテル、別荘、公園、ステージなどが設置されていて、冬のソナタの撮影に使われた自然がいっぱい保存されていました。普段はたくさんの観光客で写真も取れないなどということでしたが幸い朝早めについたので客はまばらでした。でも帰りの船で岸へ戻ったら次の客さんで乗船場所は大混雑、台湾、中国、インドネシアなどからのツアー客が多いそうです。メタセコイヤの葉はまだ出始めたころでしたが、美しい自然が残されていました。チュンサンとユジンでなく、腹の出たおじさんおばさんでは絵にはなりませんが一9414_104_2 応カメラに納めてきました。(富山県と姉妹縁組をしています)写真:2人が歩いたメタセコイヤ並木、中:こんな撮影スポットが用意されています。順番待ちで、下:船から島の船着場を見る。桜が満開でした。

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2009年4月25日 (土)

韓国、お葬式事情、お坊さんは頼まない。(文化の違い4)

9414_009 アニヨンハセヨ! 4月半ばのソウルの気候はほぼ日本の北関東と同じくらいです。ソウルタワーに近い山の中腹に桜の花が咲いているのが見えました。バスツアーで街を走るけれど「お墓」らしきものが見当たらないので尋ねました。すると韓国ではお墓は町の中には作らない、ほとんどの人が山の一角を買って、斜面の上から先祖に近い人が最上段に葬られ、以下順に下に埋葬されるそうです。今でも90%以上が土葬のまま、宗教上の理由か「死んだあと親の遺体を燃やすなんて、とんでもない」といって火葬はごく少数ですが、最近は火葬し9414_105_2 て散骨を希望する人が増えているそうです。「お葬式はどこでするの?」と聞いたところ「病院の地下です。」という答え、実は仏教徒が多いのに葬式には坊さんを呼ばず、どこの病院にもあるという地下の3箇所くらいある「葬式用の部屋」で3日間かけて別れを惜しむのだそうです。友人が少ない人の葬式など、お金を払って「泣く人」を雇って「アイゴー、アイゴー、あの人は立派だったのに、亡くなって悲しい!」といって大声で泣いてもらうのだそうです。お金がかかるのはそういった費用と棺箱(10万円くらいから100万円クラスまであるという)9414_114_2 や死に装束などにかかるそうです。実は「泣き人」のことを日本に帰ってしたら「昔、高梨子で親戚の葬式があったとき『泣きばあさん』が来て大げさに泣いていたのを見たことがあるよ」という話を聞きました。それから数日後、いとこの娘がクロアチア人と結婚したといって193cmもある大きな青年を連れてきました。そしてこの話をしましたら、「僕の国にもそういう女の人がいたのを覚えています」というので、またまたびっくり。世界中、衣・食・住など根源的なことでは人間の考えることにさほど違いはないんだなあ。と考えさせられました。 不思議です!

写真:ソウルタワーの山のぽつぽつとしたピンクは桜の花です。中:普通の田舎の農家です。下:昔の住居はこんな風だったということです。(チャングムテーマパーク)

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2009年4月24日 (金)

水の話。犬の話。信じられないかな?(文化の違い3)

9414_075_2 アニヨンハセヨ! ガイドさんから聞いた、韓国の話の続き。韓国では生水は飲まないのだそうで、私も家ではペットボトルの水しか飲みません、と言ってました。日本と違って雨があまり多く降らず、家庭でも屋根から雨水をためておく装置が普及しているそうで、トイレの水さえも節約するのだそうです。だからかもしれないけれど「日本人は毎日お風呂は入りますけれど、私たちはあまり汗かかないからシャワーで済ませます。冬でも床が暖房で暖かいから寒くありません」といってました。ソウル市繁華街の真ん中に流れる「清渓川(チョンゲチョン)」9414_078_4 という川があります。これは、朝鮮戦争後北から流れてきた人たちがこの川のほとりに住み着いてしまって、やむなく川を埋め立てて土地を確保したそうですが、今の大統領「イミョンバク」氏がソウル市長のときに、この川を掘り起こし、元の川に戻し、両岸を整備して歩けるようになっていました。(5・8㎞)   もうひとつの話は日本の「土用の丑の日」といった日が韓国にもあるそうですがそれが、うなぎでなくて「犬」を食べる日なのだそうです。オリンピックのときにも国際的な問題となって話題になりましたが韓国では「犬」を食べることは当たり前のようで9414_124_2 す。犬の肉は大変滋養があり、効能があるそうで、長年入院治療して体力が弱った人が医師から「一ヶ月、毎日犬の肉を食べて養生してからまた来院してください」といわれるようなことが普通だそうです。田舎では飼い犬に残りご飯などを食べさせておいて、大きくなったら家族で食べる、または「いぬの日」の前になると業者が車で犬を買い付けに来るので売るのだそうです。道理で旅行中はあまり犬の姿を見ることがありませんでした。日本でも戦時中には時々食べられていたようです。写真:上:清渓川(チョンゲチョン)はたくさんの人でにぎわっていました。右後ろから来た中学生の一行でひとりの男子が、飛び石を踏み外して川に落ち、腰まで濡れて泣きべそをかいていました。中:張子の飾り物、暗くなると明かりが灯りきれいです。右奥の紫の巻貝がシンボルになっています。下:デパートの地下食堂になんと回転寿司があったのは驚きでした。ただし甘いお菓子やケーキばかり。

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2009年4月23日 (木)

韓国の女は強し。姑はさらに強し。(文化の違い2)

9414_032_2 アニヨンハセヨ! ソウル観光のツアーのバスに乗って、ガイドの話をいろいろと聴きました。韓国の代表的な苗字(姓)は、李(イ)、金(キム)、朴(パク)の3姓です、ガイドの方も金賢美さん、金源卿さん、朴ヘギョンさんと典型的な姓の皆さんでした。それぞれ日本語が得意で皆、日本で勉強やホームステイの経験があるとのことでした。そして、韓国では夫婦は別性ですが、法律で同じ州内の、同じ姓同士の男女が愛し合っても結婚が許されないということです。血縁関係が近くなりすぎるということでしょうか。でも、まもなくこの法律も見直しがされるよ9414_066_2 うだとも話していました。 韓国の女性は性格が強くて、日本女性ならばに、プレゼントをもらって「ワあ、うれしい。しあわせだわ!ありがとう!」などと嬉しさを表情に出しますが、韓国女性にはそれが出来ないのだそうです。自分の好みにこだわり、結婚してもけして夫の言いなりにはならないそうです。たとえば日本の男性と結婚してもうまくいくケースは少ないということで、夫が気が変わって日本に帰ろうとしても返さないように、パスポートなどを実家の押入れにしまいこんで夫に渡さないにようにするのだそうです。さらに、姑となるともっときつくて、息9414_121 子が結婚相手を連れてきても、自分の気に入らない女性だと、絶対に許さないそうです。例えば、その女性を選ぶか私を選ぶかと迫って、手首を傷つけて「私は今から死ぬ。母を取るか、嫁をとるか、すぐ返事しなさい!」といったすさまじい話もあるそうです。息子は、救急車を呼びながら、恋人は選べるが母親は選ぶことが出来ないといって、その恋人と別れるそうです。20年以上も自分が愛情もお金もかけて育ててきた息子には、自分の気に入った嫁でなければ結婚させない。という母親の強い意志が働くのだそうです。日本でも40~50年ほど前にあったような話ですが・・・・。写真:上、左端が焼肉店の店員さん、汗を流して肉を焼いてくれました。中、世界遺産を案内してくれたガイドの朴ヘギョンさん、日本に5年ほどいたことがあるとか。下、チャングムのテーマパークで売店のおばちゃん。

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2009年4月20日 (月)

鉄道文化むらが10周年を迎えました。4月で200万人になるそうです。

9419 1997年10月に「長野行き新幹線」が開通しましたが、それと引き換えに104年間続いたこの碓氷線(信越本線のうち特に碓氷峠の上り下りをさしてこういった)、横川ー軽井沢間が廃止されました。法律ではありません。単なる「政府ー与党の申し合わせ」によって、北陸新幹線(ここから、整備新幹線事業と名前が変わった)の開業と同時に、並行する在来線は廃止する。・・・・。JRの利益を保証するために、JR東日本の年間利益1000億円のうち、わずか一年間4億円あれば経営存続できたのに「在来線を残せば、乗客が新幹線に乗ってくれない・・」という理由で、歴史ある峠の線路が捨てられてしまいました。その穴埋めとして、群馬県がきもいりで予算をつけ、始まったのが「横川駅周辺整備事業」でした。この陰には、松井田町の10年にわたる「信越本線廃止反対運動」があったからこそでした。はじめの計画では「新幹線は南回り」で高崎から安中を通り松井田町の駅で在来線と交差し、乗換駅を作る。というものでしたが、そのご1985年3月の運輸省の発表は、北回り94193 で、高崎以降はほとんどトンネルで通過し、駅もなく軽井沢に地上駅で在来線に接続というものでした。これには「約束違反」ということで、行政、議会、住民一体となって、「地元に何の利益もない新幹線はいらない!」と計画に猛反対して運動したのでした。その結果としてできたのが政治的妥協の駅、あの「もののけ駅・安中榛名駅」だったのです。当時、安中の行政も議会も松井田町に合わせて運動すれば、新幹線の駅も出来なくなる、といって松井田町の運動に協力しませんでした。その後の経過は見てのとおり、JRも協力して希少価値のある機関車や展示品を譲渡したり貸与して「文化むら」の営業に参加しています。今も文化むらは地域の経済のためになっていますが、廃止された信越本線に比べれば、雲泥の差でしょう。10年の歳月の中には、さまざまな思いの人がいるのです。その文化むらの記念式典が執り行われさらなる10年に向かって号笛が鳴らされたのです。写真:4月18日、横川「鉄道文化むら10周年記念式典」

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2009年4月18日 (土)

近くて遠い国韓国を見て来ました。歴史と文化の違いもたくさん。(1)

94141_2 アニヨンハセヨー! 朝昼晩、別れる際でもおんなじあいさつ、便利ですね。14日から17日まで、ソウルへ行ってました。天気は2日目に雨にあった以外は晴天で温暖、助かりました。向こうもちょうど桜が満開で見ごろ、でも山並みがあっても緑の深い山はほとんど見当たらず大木は世界遺産になっている「昌徳宮(チャンドックン)」や「宗廟(チョンミョ)」など王朝時代から続く宮城の周りしか見られません。なぜかとガイドに尋ねたら「最近まで民家の暖房(オンドル)や炊事の燃料として山から木を切りすぎてしまって、はげ山になった」のだそうで桜も最94143 近植えたのだそうです。高い山は岩山のようで日本のようなこんもりとした森は見ることがありませんでした。ソウルではもっぱらタクシーを利用しましたがウオンが安いためか安心して使えました。日本語が出来る運転手はいませんでしたが、こちらから話しかけると家族の写真を出して見せてくれ、「これが妻と孫だ」などと親しくなれて、さすがに先祖が同じ民族なんだなあ、と思いました。最初に尋ねたのは「西大門刑務所歴史館」、日本が侵略し1910年から併合された朝鮮の、抑圧に反対し独立運動に立ち上がった朝鮮人たちを監獄に押し込めて9414_023 弾圧をしたことを映像や模型、展示品などで紹介しています。中には、拷問の様子を人形であらわし、音声も激しく叫ぶようなリアルな展示もあります。あまりに真実味があって普通の日本人が見れば驚いて気絶してしまうかもしれません。ちょうど韓国の中学生たちがにぎやかに見学していましたので話しかけましたが、屈託なく写真に納まってくれたりしました。もう一箇所は1919年3月1日に日本からの独立をめざして蜂起した民衆を記念して立てられた「独立記念碑」がある「タプコル公園」を見学しました。2日目は世界遺産めぐり、3日目は冬の9414_055 ソナタ、チャングムの誓いなどドラマの撮影地の見学、ツアーの中には必ず「○○免税店」へ立ち寄ることが組み込まれているようで、ブランド品には興味のない私は屋上でコーヒーを飲んで時間を過しました。細かなことは次回に紹介しましょう。   ※写真1、刑務所歴史館、2、タプコル公園の記念碑、3、韓国の中学生(オグリシュンなどが人気だという)4、免税店の中(ほんとは撮影禁止)

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2009年4月12日 (日)

東邦亜鉛安中製錬所視察記 第18回目、3年ごとの協定書の取り交わしも。

9411_009_2 安中緑の大地を守る会(藤巻千浪会長)と東邦亜鉛(株)武田松夫所長)とのあいだの公害防止協定に沿って、毎年4月にこの「視察会」が行われていますが、今年は会員約20名、弁護士5名、その他市議会議員5名はアドバイザーとして参加しました。最初に、藤巻会長と武田所長がお互いにあいさつを交わし、マイクロバス2台に分乗して工場内を見て廻りました。私の乗ったバスは最初に、安中駅から80mほどという工場内で最も高い位置にある、ばい焼炉に上がり、亜鉛を含んだ鉱石の粉を硫化水素と亜鉛に分けるところから見学しました。9411_011_4 その後、亜鉛を電気分解してアルミの板に付着させる電解工場、主に電気料が安い夜間電力を使用、ちなみに1トンの亜鉛製造に3000kwの電気を使用とのことです。亜鉛の製造も20年前の価格より安い現状で、世界の製造業の不況、とりわけ自動車、電気製品が落ち込んでいるために生産も約半分に減らしているそうです。そのほか硫化水素からできた硫酸の工場、副産物として一日40トンほど生産できるそうですが、これもやはり不況のためなかなか需要が伸びないとのことでした。その後、工場内の雨水処理のシステムを見て、最後9411_016_4 は「廃乾電池の処理工場」を見る予定でしたが休日とのことで見られませんでした。視察後会議室で会社側の方より、新電解工場の建築計画の説明がされ、最後に意見交換として、会員から質問が出されました。藤巻会長は「新しい電解工場が出来るそうだが50億とか100億とかかかるというが、住民としては又、工場が大きくなって苦しめられるのかなあ、という思いだ。いまだに汚染地の土壌改良事業が完了していない中では、地域住民に充分な説明をして理解を求めてほしい」と発言があり、武田松夫工場長から、「一日も早く土地改良事業9411_021_2 を進めてほしいと群馬県などに要請している」などと答がありました。最後に協定の更新年に当たっていることから藤巻会長と武田所長との間で代表者の調印式が行われ、閉会しました。安中公害として全国に名が知られた東邦亜鉛工場も今は、景気のあおりを受けて生産活動は減少しているようで、工場内は清潔で整頓されていました。電解工場では多少鼻を突く異臭があったものの、ほとんど悪臭を感じることはありませんでした。ただし、国のカドミニウムの基準値が見直され、いまだに周辺農地の汚染土壌に対する改良事業が進んでいな9411_042_2 いことが大きな問題のようです。

写真 1,2ばい焼炉の説明、3は電解工場、4は一つ20㎏の亜鉛製品が50個で1トンにまとまっています。5、調印式の様子。代表者の後ろ側が立会人弁護士の皆さん。

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2009年4月10日 (金)

春爛漫の季節になりました。さくら・水仙・庭にも春が

ようやくあったかい春がやってきましたね。さくらの花も満開です。庭の花々も色とりどりに咲き誇っています。9317_1_2

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3月議会の報告を出しました。新あんなか民報です。

9311_004_2 3月23日に安中市議会が、閉会しましたが、その後、集金やら、原稿書きやら、続いて、その上大事な人が亡くなったりして、大変な3月下旬でした。議会報告は『新あんなか民報』を12日付で安中市全体に新聞折込をする予定です。紙面が限られていますので詳細なところまでお伝えできませんが、私の一般質問と、21年度予算案に対する反対討論は以下のファイルでご覧下さい。「09.3.23.doc」をダウンロード 、一般質問の中身は1、非正規労働者の雇用問題、2、デマンドバスシステムについてです「09318.rtf」をダウンロード

9313_030_2 9313_013_4 写真 上、総額50億円もかけると言われる「都市計画道路(磯部原市線)にかかる簗瀬橋(仮称)」平成23年3月が竣工期限ですが?進展していません。中、松井田町の旧家に残る「なげし雛」 下、同じく「御所人形」(重要文化財級です。)

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春は別れの季節か?大事な人が亡くなりました。

917_016 3月28日(土)早朝の事故でした。日本共産党高崎市議団長、横尾富安(66)さんが、赤旗しんぶん配達中に、トラックにはねられて前橋の赤十字病院に運ばれましたが、12時ごろ、亡くなってしまいました。穏やかで親しみがあり、やさしい中に厳しさを併せ持ったすばらしい共産党員でした。個人的にも、親戚関係になっていましたので事故の知らせの後駆けつけましたが、すでに帰らぬ人になっていました。会議で一緒になっても、始まる前に一人で静かに読書をしていた姿が記憶に残っています。お孫さんの誕生日が告別式の日になっていまし9228_003_2 た。返す返すも残念な出来事でした。少し元気をなくしましたが、7日の日には榛東村の村議選挙(柳田キミ子さんが無投票で再選)、今日も大泉町の議員選挙(渡辺明さん)の応援で63キロを走って、街宣をしてきました。横尾さんの分まで頑張らなければと気持ちを奮い立たせています。

写真 上、松井田町五料の6地蔵、中、土塩の乾窓寺山門、下は榛東村の柳沢寺本殿

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