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2008年12月10日 (水)

人権講演会と映画「新あつい壁」を観てきました。

081210_002_2 今日は世界人権宣言が出た記念の日だそうです。1948年12月10日、第3回国連総会で採択されたそうです。それを記念して今夜は本当はハンセン病療養所入所者協議会の「谺 雄二(こだまゆうじ)」さんが講演の予定でしたが、体調が悪いとのことで弁護士の吉村駿一さんが代わりに話しました。(群馬県地域人権運動連合会高崎市協主催・高崎市たまごホール) 「らい予防法」と言う法律で90年もの間、差別と偏見に縛られてきた国立療養所に生活してきたハンセン病元患者の皆さんの嘆きと憤りは、簡単には理解できないでしょう。国が「無らい県運動」などという行政指導によって、患者を隔離してしまい、治る病気でありながら「業病」の汚名で家族から引き裂いてきた。10年前に裁判で国が謝罪し、予防法が廃止となり、もと患者に補償がされることになりましたが、療養所に住む元患者の皆さんの願いは、一般社会と同じ社会で共に暮らしたい、と言うものです。  映画は、中山節夫監督、50年以上も前、熊本県を舞台にハンセン病患者であることを理由にして、法の下の平等を踏みにじられて冤罪をでっち上げられて死刑になった人の事件を、若いジャーナリストがほりおこしていくという物語です。中山監督はハンセン病をモチーフにしてこのほかに、何本か映画をつくっています。何年か前、黒川温泉のホテルが元患者の一行を宿泊拒否をして問題になりましたが、その後、今度は謝罪を拒否した元患者の団体に、ひどい罵声や中傷が浴びせられたことも、この国の社会の未熟さを指摘しています。 「真実というのは、正義があってこそ初めて真実足りうる」という言葉がメッセージかと思いました。 大変重いテーマの映画でした。  ※群馬県では草津の栗生楽泉苑が療養所として有名ですが、明治、大正時代信越線で軽井沢から草軽電鉄(当時)で患者が搬送されていたということです。その際松井田町駅などでも停車して窓も締め切って、白い消毒液に染まった列車を見たことがある人がいました。

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