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2008年12月

2008年12月31日 (水)

2008年もあと少し、大歳参りに行ってきます。

072_2 今年も残すところあと2時間あまりとなりました。今年2月にはじめたこのブログ、皆様のご訪問をいただき、もう少しで4500件のアクセスとなります。感謝申し上げます。ここ松井田町でもあちこちのお寺さん、神社などで年越しの行事が行われています。私は、特定の宗教人でもありませんが、風俗としての日本の季節の行事に関心があります。この大晦日には「碓氷山金剛寺」に除夜の鐘を撞きに行っています。檀家ではありませんが義兄が毎年かかわっているためです。また、時間があれば「松井田八幡宮」へも出かけます。ここは、松井田町商07_002_2 工会青年部の皆さんが、町おこしのために毎年、歓迎行事をやっているためです。秋以降、今年は世界的に経済不安がひろがり、小さな町まで不景気の足音が忍び寄っているようです。来るべき年が、明るく幸せな年になるように祈ります。皆さま2009年もよろしくお願いします。  ※写真は07年の大歳参りでした。

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2008年12月28日 (日)

餅つきができました。今年は3臼だけでした。

081228_001_2 昨年は暮れにぎっくり腰を起こしてしまい、餅つきができませんでした。今年も腰、肩、首と痛いところだらけでしたが何とかしたいと思い、義兄を助っ人に頼みました。朝1臼をついてから、近所の人の告別式で出かけまして、午後3時ころから2,3臼をしあげました。最後はあんころモチを50個ほどまるめて、夕食に食べましたがやっぱり、つきたて、手づくりはうまい!です。 手順を紹介します。①もち米は研いでから一晩水につけておきます。搗く前に、ざるに上げておきます。②蒸篭に入れて約40分蒸します。③臼と杵は100年前から使っているもの。081228_002_3 風化しています。④モチはねりが肝心です。充分に練ってから搗きますが15分もすればつるつるの立派なもちになります。⑤モチとり粉を敷いた板の上に搗きあがったもちをのせます。⑥麺棒で縦横に伸して適当な大きさに広げます。⑦あんころモチは丸めるのも楽しみの一つ、暖かいうちに食べると最高です。 搗いたり、手合わせ(つく人に合わせて杵が持ちにくっつかないように適度に水を足し、ムラなく均一なもちにするための作業、大事な仕事です)もしたので腰と首が痛くなりました。明日は大丈夫かな?

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2008年12月26日 (金)

陽気なフィリピーナ、慎重なチャイニーズ。国際色豊かな忘年会。

Aia0812_002_2 去る20日、土曜日、安中市国際交流協会(山縣英明会長)主催の「Year End Party」(忘年会)が中央公民館会議室で盛大に開かれました。安中市には現在、約400名の外国籍を持った人(日本人と結婚していてもなかなか国籍が取れない人も多い)が在住しており、電気部品組み立て、クリーニング、その他の企業で働いています。そんな人たちを励まそうと数年前から企画されてきた行事の一つで、民間団体の主催のこうしたイベントは少ないようです。行政や警察が関係している「国際交流連絡協議会」(企業が雇用している外国人などが事故や犯Aia0812_005_2 罪に巻き込まれないよう、企業主たちが協力して支えている組織)があり、このイベントに合流しています。アメリカ、フィリピン、中国、韓国、ベトナム、ペルーなどから来ている人たちが、日本人会員が持ち寄った料理や食べ物、飲み物でにぎやかに盛り上がりました。(私は手づくりのピザを2枚持っていきました) 外国人たちが作るバンドで最後は踊り、歌いながら陽気に騒いでいたのがフィリピンの女性たち、日本人と結婚して10年以上住んでいる人たちも多く日本語も得意、まだ来日して日が浅そうな中国人の女性たちは、やや恥ずかしそうに踊りをAia0812_013_2 見ていました。最後は参加者約120人全員でくじ引きが行われ、クリスマスプレゼントが当たった人たちが喜んでいました。雇用問題が深刻になっている年の瀬ですが、この人たちが暖かいお正月を迎えられることを願っています。Aia0812_010_2

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2008年12月23日 (火)

イルミネーションコンテストがあったらば?あなたはどれが好き?

明日の夜はクリスマスイブです。各地で華やかに輝いていたイルミネーションも明日で見納めでしょうか。この際、今年の作品をまとめてみてみましょう。あなたはどれがお気に入りでしょうか?

08123_032_2 新井 上原様

08123_028_2 新井 根岸様

08123_018_2 新井 吉永様

08123_040_2 五料 猿谷様

081210_002_2 小俣 ?様

081211_005_2 原市 ?様

0812_008_2 松井田 白石様

どちらもすばらしいものばかりでした。楽しませていただいてありがとうございました。また来年もお願いします!

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2008年12月22日 (月)

うすいの里(老人ホーム)でお餅つき、おいしそうな顔が嬉しそうでした。

0812_004_2 昨年までは、年越しそばのボランティアでしたが、今年は少し変えてみましょうということから「おもちつき」でお年寄りを励ましましょう。と社会福祉協議会九十九支部(上原尋治区長会長が支部長)のメンバー23名ほどが社会福祉法人碓氷福祉会が運営する「うすいの里(70床・内田守施設長)を訪問して、お年寄りの前でみんなで餅つきをして、楽しみながら、つきたてのお餅を「きなこ、あんこ、大根おろし」で味付けして食べました。中には3回もお代わりする人も出るほど大好評で、デイサービスで来所した人を含めて約90人の皆さんに味わっていただきま0812_015_2 した。もちをのどにつかえて、事故が起こると大変だね、と心配されましたが「吸引機」を用意しておいての接待でしたが、機械の出番もなく無事に食べ終えました。やはりお餅は誰もが好きなんですね。

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安中の歴史を学びました。淡路博和先生が講師です。

40081214_006_2 非戦の会(非戦の願いを継ぐ安中・松井田の会)会長は中嶋昇太郎さん(安中市安中)では、2カ月おきに学習会を開催して、郷土の歴史、戦争にかかわる記憶、平和のための行動などなど実施しています。12月は14日、郷土史家の淡路博和さん(元新島学園教師)を招いて安中の歴史を話していただきました。学生のころは歴史は大嫌いだったという話から始まった先生の話は、古文書を読み解いての解説ですから、大変幅広く、深いものでした。もともと土着の民だった安中氏は、中世のころ松井田町に山城を築き郭(後の松井田城の一部と08118_010_2 なる)を残しましたが、武田軍に敗れ、織田信長と戦うために武田軍の最前線に駆り出され歴史に名高い「長篠の戦い」で全滅をさせられてしまい、一族はちりじりになってしまったということです。当時(1569)もともと安中という地名がなかったのですが、時の権力者が、上野尻を安中と呼ばせ、それまでの上野尻は城の西へ移されてしまったそうです。そのために上野尻と下野尻との間に谷津という地名が挟まっているのだそうです。しかし地名は残らず、安中町ができたのは明治時代のことだそうです。江戸時代から5家16代といって安中藩を治めたの08118_012 は、井伊、水野、堀田、板倉、内藤、板倉家などが碓氷の関所の警護を担っていたのだそうです。しかし昔から豊かな藩財政ではなかったようで、享保の時代には、重い年貢の取立てに抗議した名主が中心の直訴(下増田村の潮籐左衛門が首謀者として処刑されたといわれている)や、天明の飢饉の際にも年貢減免の一揆が続いたと記されているそうです、文政10年(1827)の藩の収入が年貢諸税で6,717両しかないのに、支出は借入金返済などで10,668両となっており、当時も今とおんなじに借金財政の政治が行われていたようです。 ※写真 上、淡路先生の講演、中、郡役所、下、安中教会

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2008年12月18日 (木)

フカひれ、ツバメの巣、本格中華の味を堪能しました。

081215_001 081215_002_2 友人のお誘いで「鳳凰酒家(ほうおうしゅか)」、通称「黒ちゃんダイニング」という中国料理を食べに出かけました。お店は新前橋、普通の家で商売しているために、看板も081215_003_2 081215_006_2 ないので外からは全くわかりません。マスターは黒岩広徳さん、嬬恋村の出身で母親が中国人の元貴族だったそうです。食材はもっぱら香港へ自ら市場へ出かけていって調達し、気に入ったものしか買わないこだわりがあるようです。見せてもらった本物の「フカひれ」背びれ胸びれ、尾びれがありますが尾びれが最も高くて、普通に買えばひとつ3万円もすると聞いてびっくり。硬く乾燥させてあるフカひれはなんと2週間もかけて戻して柔らくするのだそうです。その際に臭みを取り除くのが技術だということですが、中華料理というのはこの「時間をか081215_007_2 081215_009_2 けて」珍味を味わうというところが真髄なのでしょうか。ことに「ツバメの巣」話には聞いていましたがこれも1グラム2,500円という、金よりも高価なのだそうです。海燕が海草を咥えてきてつくるのが「巣」なのですが、海草が混じらないのがこの巣、ツバメの唾液だけで固めたものだそうです。そのほか、珍しいきのこ「マツタケ」と同じくらいの値段だそうです。最後は石焼ビビンバ風、高菜チャーハン、器にご飯が焦げ付いて香ばしい香りで食べましたが、紹興酒をいただきすぎて、大満足の一夜でした。なおこのお店、完全予約制で一日一組しか受081215_013_2 付けないそうです。初めて味わう本物の中華料理でした。※写真 上から、クラゲ入りの前菜。②豚肉のシュウマイ③ツバメの巣④フカひれときのこ⑤ツバメの巣⑥カキ入り茶碗蒸し⑦マスターの黒岩さん、1月中旬にはまた買い付けに出かけるそうです。

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2008年12月16日 (火)

一般質問は8人で。養蚕振興と非正規職員対策のNO.2をやりました。

12月12日、一般質問が行われ8人が登壇しました。順番で、武者葉子(公明)、今井敏博(創政)、中里稔(民主社民)、桜井ひろ江(共産)、山口覚(共産)、小宮ふみ子(民主社民)、川崎文雄(民主社民)、金井久男(共産)となりまして、私は午後15:30から16:06まで、農業振興対策(主に養蚕振興)および非正規職員の待遇改善を質問しました。くわしく086_004_3「8.rtf」をダウンロード でどうぞ。岡田義弘市長は熱が入るととんでもないような発言をするので要注意ですが、今回、桜井ひろ江議員の質問中の答弁で「桜井議員さんは表の話を聞いてきたのでしょうが、裏の話もあるんですから」といった珍答弁をしました。これは、安中市南地区の区画整理事業の白紙撤回を公約にして当選した岡田義弘市長が、公約どおり白紙にしないので、住民が反発していることを、桜井ひろ江議員が取り上げている問題で、これまで岡07_003 田義弘市長は「修正区画整理事業というものがある」と発言してきましたが、桜井ひろ江議員と住民が県庁を尋ねて「修正区画整理事業というものはない」ということを聞いてきたのです。そこを追求されて思わず出た一言でした。とりようによっては「県の職員などは住民や市会議員などが面談しても表向きのことしか言わないが、市長が行けば、裏話で違う話ができる」といった、行政が住民を軽くあしらっているとも取れる、発言です。私はこの問題発言を確認のために休憩を求め、議会は中断し、議会運営委員会で協議し、議長が発言取り消しを求めましたが市長は応じなかったために、再開後に、議長から「誤解を招くような発言に注意をしていただきたい」との勧告で一応の決着となりました。市街地の区画整理事業は、宅地も農地も一定の範囲内にある土地はすべてを対象に道路を開けたり、立ち退きを求めたりして行うものですから、農地だけを対象に区画整理を行うなどということは全く考えられないものなのですが、市長はなぜか、そこにこだわっているようです。もっと率直に市民の意見を聞いて、いったんスタートラインに戻ることのほうが理解を得られるのでしょう。17日は閉会日ですが、午後7時から「土地開発公社と群馬銀行の和解について」安中文化センターで説明会が開かれます。 ※上は蚕の飼育の様子。下は碓氷製糸組合の操糸機の作業風景。10個ほどの煮た繭から生糸をより合わせて太い生糸にしています。

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2008年12月13日 (土)

補正予算は可決、財政調整基金条例改正案は継続審議に。安中市議会

081210_003_2 市議会は4日から開会でした。初日、本会議で「企業立地促進法」「工場立地法」の法律の特例措置が19年に改正されたことで、それまで工場を建てる場合、敷地の25%以上を緑地、あるいは運動場など環境施設にしなけらばならない規制が、それぞれ10%以上、15%以上と緩和されることになるという条例案に「国を挙げて地球温暖化のために、省エネを叫びながら、CO2の大半を排出している企業の規制を緩めるのはいかがなものか?世界への公約に逆行するものではないか?と質問しました。審議は経済建設委員会で行われます。8日に002_2 開かれた総務常任委員会では、横川の「鉄道文化むら」のミニ機関車「アプトくん」の修繕費が6月議会で2,700万円議決し、さらに今回800万円追加になるというが、10年間も維持管理がされて来なかったことは怠慢ではないのか?今後レールの補修も必要になるはず、安全管理をきちんと行うように!と意見をしました。また、50年近く磯部温泉地域、碓氷川河畔で運営されてきた「いそべ簗」を、わずかな赤字で休止にするということは、市民にとって理解しがたい。これがなくては、温泉街の風物詩が何もなくなり、温泉自体が廃れてしまうのではないか?と存続を求めました。岡田義弘市長は、「民間に委託して継続できるかどうか検討している」と答えました。  ※写真 鉄道文化むら、毎年20万人のお客さんが訪れます。下:9日の朝、めずらしい朝焼けが見られました。皆さんのところではどうでしたか?二階のベランダから写しました。

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2008年12月10日 (水)

人権講演会と映画「新あつい壁」を観てきました。

081210_002_2 今日は世界人権宣言が出た記念の日だそうです。1948年12月10日、第3回国連総会で採択されたそうです。それを記念して今夜は本当はハンセン病療養所入所者協議会の「谺 雄二(こだまゆうじ)」さんが講演の予定でしたが、体調が悪いとのことで弁護士の吉村駿一さんが代わりに話しました。(群馬県地域人権運動連合会高崎市協主催・高崎市たまごホール) 「らい予防法」と言う法律で90年もの間、差別と偏見に縛られてきた国立療養所に生活してきたハンセン病元患者の皆さんの嘆きと憤りは、簡単には理解できないでしょう。国が「無らい県運動」などという行政指導によって、患者を隔離してしまい、治る病気でありながら「業病」の汚名で家族から引き裂いてきた。10年前に裁判で国が謝罪し、予防法が廃止となり、もと患者に補償がされることになりましたが、療養所に住む元患者の皆さんの願いは、一般社会と同じ社会で共に暮らしたい、と言うものです。  映画は、中山節夫監督、50年以上も前、熊本県を舞台にハンセン病患者であることを理由にして、法の下の平等を踏みにじられて冤罪をでっち上げられて死刑になった人の事件を、若いジャーナリストがほりおこしていくという物語です。中山監督はハンセン病をモチーフにしてこのほかに、何本か映画をつくっています。何年か前、黒川温泉のホテルが元患者の一行を宿泊拒否をして問題になりましたが、その後、今度は謝罪を拒否した元患者の団体に、ひどい罵声や中傷が浴びせられたことも、この国の社会の未熟さを指摘しています。 「真実というのは、正義があってこそ初めて真実足りうる」という言葉がメッセージかと思いました。 大変重いテーマの映画でした。  ※群馬県では草津の栗生楽泉苑が療養所として有名ですが、明治、大正時代信越線で軽井沢から草軽電鉄(当時)で患者が搬送されていたということです。その際松井田町駅などでも停車して窓も締め切って、白い消毒液に染まった列車を見たことがある人がいました。

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2008年12月 7日 (日)

3年前に帰国したALTに再会、日本の商社に勤務して活躍していました。

2_2 妙義町のALTとして2年間、妙義町中学校で働いていたJastin が3年前にアメリカに帰国して2度目の松井田町訪問をしてくれました。彼は松井田町国際交流協会の副会長、高木昭子さんの家へ週一で日本語を勉強に来ていました。大変熱心で帰国するときには日本語は日常会話ができるほどになっていました。その後再度日本に来て、専門学校で日本語を本格的に習い、日本の商社に就職、現在ワシントンDCの支社で働いているそうです。今回は、東京で日本人と韓国人の商社マン40人ほどに「サブプライムとオバマ政治」とか言う内容でレクチャーをするために来日したそうです。温泉が好きなので高木さん親子で峠の湯へ行った帰り、町内の焼肉屋さんで食事をしました。ほとんど日本語で会話ができて不自由はありません。「オバマ大統領の誕生でアメリカがどのように変わるのか、変わらないのか、それで日本の進路も変わるだろう。ビッグ3にアメリカ国民の税金を注ぐことに、疑問があるね。特権階級的な自動車産業が分割されて、新たな企業の台頭のチャンスもできるし、アメリカ経済の発展にも寄与するんではないの?」と言う私の質問に、「そういう考えも確かにありますね」と答えました。彼の実家はメリーランド州、父親はロッキード社の重役だったとか。縁のあったアメリカの若者がこんな田舎町の私たちを訪ねてくれて感激しました。日本とアメリカの良い架け橋になってくれそうです。ジャスティンがんばれ!

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2008年12月 6日 (土)

従姉弟の一周忌に出席しました。富岡市下丹生、永隣寺。

08126_011_2 わたしの先祖は、わかっている範囲では松井田城の家臣として仕えてきた、もともとの土着民だったようです。かつて祖母を埋葬する祭に掘られた墓穴(昭和41年当時は土葬が許されていた)の下に、古墳時代の鉄剣が二振り出土しています。(現在は五料の茶屋本陣に展示してある)私の曾祖母が丹生の飯野家から嫁ぎ、さらに祖母も同じ飯野家から迎えられています。そして、祖母の長女、私にすれば叔母が、今度は飯野家へ嫁にいっています。つまりいとこ同士で結婚しているのですが、その子ども次女、松本敏子(66歳)が今年1月の死亡し08126_003 たために、法要が行われたのです。 昭和30年代、まだ車もろくにない時代、正月ともなれば従姉弟の家に数日間泊り込みで、厄介になったものです。だから今とは違い、そういったいとこ同士の思い出が強く残っています。そんな1人が欠けて大変悲しい思いをしています。でも、その従姉弟もまた浦和に住んで子どもたちをもうけ、新たな家族を育っていったのですから、立派に生きた証を残していきました。残ったいとこ同士で「今度は従姉弟会をしようや」と言う話にもなりまして、近いうちみんなで集まることもできるかな。と楽しみにしています。今08126_004_2 日のお寺さんは田舎の小さなお寺ですがなかなかの歴史のあるお寺さんのようでした。大きな実を残してゆれる花梨の木が寒そうでした。下は富岡市文化財、木食仏です。

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2008年12月 5日 (金)

12月定例議会が始まりました。

001_2 4日から、定例会が始まりました。初日は、提案されている17議案のうち「人権擁護委員の選任」人事案件など4件が即決により可決しました。その他の議案が各常任委員会に付託され審議されることになりました。その他の議案で出された質問は、財政調整基金を土地開発公社の利息軽減のために貸し付ける条例改正案、1市2制度だった学童保育の条例規則を統合する条例案、観光協会が経営していた磯部簗(やな)を休止する問題などが聞かれました。016 私は「企業立地促進法」「工場立地法」の法律の特例措置で工業団地に工場を建てる場合の緑地、運動場などの用地の確保を義務付けていた比率をこれまでの25%から10%、15%に引き下げる条例、に対して質問しました。「国は国民に対して地球温暖化を防ぐためとして省エネを押し付けながら、CO2の大半を排出する企業に対して、緑地面積率などを規制緩和するのは矛盾があり、温暖化防止に逆行するのではないか?」と尋ねました。市長は「確かにそういった面があるが、東毛地域などの平坦地域の工業2 地帯では、この面積比率をクリアするのは大変だと聞いている。」などと答えました。くわしい審議は経済建設委員会で審議されることになりました。午後に開かれた全員協議会では1、市総合計画の年度ごとの実施計画書 2、耐震診断計画で21年度から個人住宅で耐震診断を希望するものに国が50、市が50%の援助をすることが決められました。(S56年以前の住宅) 3、碓氷病院の経営状況報告 4、簗瀬大橋(仮称)の、橋脚工事の設計変更について などが報告されました。 一般質問は12日に行われることになり、順番は、1、武者葉子、2今井敏博、3、中里稔、4、桜井ひろ江、5、山口覚、6、川崎文雄、7、小宮ふみ子、8、上原富士雄、9、金井久男 という予定です。傍聴はいづれも午前9時から、常任委員会、全員協議会も傍聴できますので、是非お出かけになってはいかがでしょうか。 ※写真は4年前の新潟地震被災地、片側交通になった関越自動車道路、長岡市の倒壊家屋、田麦山の仮設住宅であった子どもたち

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2008年12月 3日 (水)

はなやかイルミネーションの競演、松井田町新井地区

家の近くの松井田町新井で、3軒の家がクリスマスのイルミネーション(電飾)の美しさを競っています。あまりにきれいなので撮ってきました。18号から倉渕へ行く、松井田渋川線を北へ、天神山トンネルを抜けるとそこは3軒の家が輝いているのです。圧巻です。 上原さん、根岸さん、金井さんの順番です。

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2008年12月 2日 (火)

コミック「夕凪の街桜の国」原作本を買って読みました。

08122_004_2 安中原市の「TSUTAYA」でコミック「夕凪の街桜の国」を買って読みました。双葉社のコーナーが見当たらないので店員に聞きましたら、PCで検索し、すぐに見つけてきてくれました。夕凪の街はわずか35ページ、桜の街Ⅰ,Ⅱ、あとがきまで入れても103ページの短いコミックでした。(800円)DVDもあります。この短い原作を2時間のドラマにしたのはすごい想像力です。(欲を言えば、父親が夜、いきなり電車に乗り広島行きの長距離バスに乗る・・・という箇所がちょっと不自然に思えましたが。)このコミックは第9回手塚治虫文化賞新生賞、第8回文化庁メディア芸術祭大賞を受08122_005_2 賞しているんです。評価されたんですね。 こうの史代さん、これからどんな作家になるのでしょうか。写真はコミック本の中身です。皆実が死んでいく場面は空白にせりふだけになっています。   ※12月の風に吹かれながら堂々と3メートルもの高さで咲いている「皇帝ダリア」を見つけました。初めて見ました。私の家の近くの家の庭です。

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