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2008年11月 1日 (土)

北広島市を訪問しました。議会運営委員会で。

081015_005_2 安中市議会、議会運営委員会(上原富士雄委員長ほか6名)では、10月15,16,17日視察研修で北海道北広島市(人口61,000人・財政規模約160億、安中市は64,000人・約210億円)この街は明治17年(1884)広島県から25戸の開拓民が移住して始まったところ、それ以前には明治6年(1877)中山久蔵という人が、道央では至難と言われていた寒地での稲作に始めて成功したという、北海道の稲作の始まりの土地でもあります。また明治10年(1877)札幌農学校のクラーク博士が帰国を前に学生に送った「青年世大志を抱け!」という言葉は081015_021_2 あまりにも有名です。地理的には、石狩平野のほぼ中央に位置し、札幌のベッドタウンとして発展してきた街です。 市では、橋本博議長が終始説明に応じてくれました。議会の運営方法は、安中市と少し違うところがあり、定数は24、会派を中心として行われ、一般質問は質問時間のみ一人40分、会派で持越しができます。会派別の議員数は日本共産党3、公明党3、自民党2、民主党3、無所属など12、となっていました。 第一回定例会には市長の施政方針演説に対する代表質問があり、各会派一人90分(答弁を含まず)たっぷりと議論ができるようです。予算審査は、議長を除く全員で特別委員会審議。決算は、3常任委員会に分割付託され、審議されるということですが答弁は原則として係長と主査が行うということです。市としての課題は、今後5年で部課長などのうち70%が退職し、いっきに若返るため人材不足が心配との事でした。全市的には道の補助によって設置された住宅団地が高齢化の進行で福祉事業費が急増することによる、財源確保などが問題だということでした。  視察団一行は、新千歳空港から電車で北広島に降り、研修後再び札幌まで電車に乗り、ホテルに泊まりました。、※写真説明:上:北広島市の名前どおり、広島市から原爆の灯を取り寄せ、玄関に展示し、平和と原水爆廃絶を訴えていました。 :中:ホテルのすぐ近くに時計台があり、この日16日は設置記念の日ということで無料開放されていました。

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