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2008年11月

2008年11月30日 (日)

映画「夕凪の街 桜の国」を観て新鮮で強烈なメッセージを感じた。

Hiroshima_summer_081_2 はるな生活協同組合(高崎中央病院)が主催した映画『夕凪の街 桜の国』を妻と二人で見てきました。何の事前知識もないまま見たのですが、これまでにない新鮮な『平和・反核』映画?の印象を受けました。「全体この街の人は不自然だ。誰もあのことを言わない。いまだにわけがわからない。」に始まり、やたらと過去と現在を行き来するフラッシュバックの技法を取り入れて過去のおぞましい惨劇の中で「自分だけ生き残ってしまっていいのだろうか?」という生きHiroshima_summer_073_2 残った被爆者の誰もが心の奥底に持っている感情を見る人に訴えています。私も35年ほど前、初めてヒロシマを訪れたときにヒバクシャの体験談を聞き、涙が溢れて仕方なかったのを覚えています。そしてこの種の映画ではじめてみたのが「銭湯の女湯のシーン」、あたりまえだけどあの当時生き残った人たちの多くは体のどこかにケロイドを持っていたはず。それを知りながらも、お互いに口にすれば「忌まわしい恐怖の日」を思い出さざるを得ない、だが現実は日常的にそれよりも優先する生活がある。この部分は女性作家しか描けないショットだと思いました。もちろん監督の意思もあったでしょうが。それに主人公の皆実が恋人と弟の姿を見ながら命が絶える場面の独り言、「嬉しい?10年たったけれど、原爆を落とした人は 私をみて『やった。また一人殺せた』とちゃんと思うてくれとる?」というせりふ。あまりにも女優の美しさとはギャップがあるこのせりふ、理不尽な戦争と無意味な原爆投下を逆説的な言葉で、痛烈に表現したところにこの作者、監督のすごいところがあるのでしょう。妻も夜勤明けで眠い、といっていましたが涙を拭きながら「久しぶりにいい映画だったよね」と感想を漏らしていました。ネットで調べてみたら原作はこうの史代さんの漫画だそうで、さっそく買って読んでみようかと思いました。皆さんも是非ごらんになってください。おすすめです(映画のロケに富岡市役所などが使われています。)※写真は原爆ドームを橋から見たもの、下は原爆資料館(06年)

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2008年11月28日 (金)

政務調査費の倍増を要求?それには同意できません。12月安中市議会。

08_2 12月4日から第4回定例市議会が開かれることが27日の議会運営委員会で決まりました。中味は一般会計補正予算(2億6800万円増・1億6700万円碓氷病院への繰り出し金など)をはじめ、6件の市条例の改正、土地開発公社の定款変更など17件が提案されるようです。議会の会期日程が協議されたあとで、土屋議長から「政務調査費の引き上げについて会派会議で提案がありましたが、会派内での協議の結果を聞きたい。できれば全会派一致で増額を要求したい。」との発言がありました。私は「今の経済情勢の中で議会の費用だけあげるなど というのはとても市民感情からしても理解が得られない。同意できないというのが日08_4 本共産党市議団の結果です」と答えました。他の会派の意見は、安政の会「28日に21年度予算の概要が決まる時期、議会の要求としても緊急性があるので提案した。報酬がけして高くない中で、現在年12万円の政務調査費を上げて、もっと活発な議会活動をしていくべきだ。」、創政会「合併後、議会報告などの経費が大きく増えているので私としては月5万円くらいが望ましいと思うが、年、24万円くらいにするのは結構だと思う。」、新政会「議員定数の問題でもはっきり知らされていない中で、難しい、市長選などで議会の行動が利用されるのではない08_r_2 か、などという意見があり現段階では何とも言えない」、民主社民クラブ「現在の社会状況の中では、引き上げはすべきでない、現状維持が望ましい。」、公明党「県下では2番目に小額となっているので、合併後の状況判断からすれば、皆さんの総意を尊重したい。」というものでした。私は再度「私たちは市民に訴えて広告などいただき、独立採算で議会報告など出している。党からの援助など得ていない。この問題は、緊急性があるとは思えないし、政務調査費のあり方そのものから、充分時間をかけて協議すべきではないか」と発言しましたが、議長から12月4日、本会議終了後に行われる会派会議で結論を出したい。ということで閉会しました。市民の皆さんの意見はいかがでしょうか? ※写真は上が小日向からの風景、下はゆずの実のり(23日)

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2008年11月26日 (水)

芸術の秋・収穫の秋

23日は市民展、美術展が各地で催されました。松井田文化会館では、美術クラブの作品展、安中社会体育館では、市民展がありました。またJA碓氷安中では、恒例の「農業まつり」が開かれ農産物共進会、即売会、もちつき、ポン菓子などのサービスなどがあり大勢の皆さんが集まりました。

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081123_018 ※上1枚は松井田美術展、中3枚は市民展(子どもの絵は最優秀賞、松井田町上増田、春木国子さん)した3枚は農業祭

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2008年11月23日 (日)

うで自慢大会、九十九地区の文化祭、にぎやかに。

081116_008 第34回九十九地区うで自慢大会が16日、小学校体育館を中心に開かれ大勢の人でにぎわいました。この行事は、もともと「高齢者生きがい対策事業」として農林省の補助事業が始まりでした。創作館という建物が補助事業で建てられましたが、その条件として課せられたのが「地域の高齢者」の持つ技能、文化などを今の世代に伝承していくように、という目的で始まりました。最初は、なわない、手芸、書道、など達者なお年寄りが、子どもたちなどに競って教えていたものです。今では「生涯学習」という便利な言葉ができて、あらゆる趣味、芸能、特技が披露、展示されています。農産物と日用品もバザーに売り出され収益金は社会福祉協議会と地区の敬老会に寄付されています。 わたしも「うららく」でのおきりこみボランティアを終えてから、駆けつけ舞踊を披露しました。 083_4

082_2 ※写真上・小日向地区の八木節、中・創作館で行われている「健康ダンス」下・大多摩流舞踊教室の皆さんと。

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2008年11月22日 (土)

おきりこみ(上州の郷土料理)をつくりに老人保健施設に行きました。

081116_002_2 群馬県の田舎の郷土料理といえばなんと言っても「おきりこみ」「おっ切り込み」ということもありますが、昔から群馬は二毛作が普通でしたからコメを作った後の水田には必ず小麦が蒔きつけられて冬の田んぼでも青々としていました。麦秋という言葉は、夏の季語になっていますが6月から7月、麦の取り入れは夕立を避けて汗をかきながらの厳しい農繁期の象徴でもありました。その小麦は、大半は農協に出荷し、残りを一冬の家庭の食材として確保して置きました。農家の経済はけして豊かなものではありませんでしたから、朝昼はご飯を食べて081116_007_2 も夕飯にはうどんかおきりこみが普通でした。農家のお嫁さんはこのうどん打ちができないと一人前とは言われなかったものです。子ども心にはご飯を腹いっぱい食べたいと思ったものですが、大人になってみて夕食の麺類は健康にはよいと感じるようになりました。 そんな私がうどんやそばを打つようになってもう15年ほどでしょうか。母が存命のころにはしたことはありませんでしたが、母をなくしてみて無性に手打ちうどんが食べたくなりとなりのおばさんに教えてもらいました。それ以来、そばもうどんも自分で打って楽しんでいます。そんなことか081116_017_2 ら、中野谷の老人保健施設「うららく」に呼ばれ、家族との交流行事でおきりこみを打ってきました。できるだけデイサービスで通ってくるお年寄りに作業をさせたい、というのも狙いの一つだったのでこねて、練ったあと広げた生地を、おばあさんの一人にまな板の上で切ってもらいました。昔は毎日包丁を使っていただろうに今は手にすることがなくさびしい思いでいるのだろうなあ、と思いましたがまっすぐに切ることもできず見ていてもはらはらでした。約4キログラムの小麦粉を1時間ほどで打ち上げて、ほかの作業風景(下・陶芸など)ものぞいてきました。午後の用事があったので最後までいることができませんでしたが、楽しい経験でした。

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2008年11月19日 (水)

小さな田舎町の音楽会、今年もオペラで楽しみました。

081115_015_2 第11回の秋のコンサートが成功のうちに終了しました。中身は昨年の「椿姫」に続き、演奏会形式のオペラ「コジファントゥッテ」(モーツアルト作曲)でした。主催は松井田町音楽文化愛好会です。会場は安中市松井田文化会館大ホール(467席)、ほぼ満席でお客様の反応は大変良くて喜んでいただきました。このコンサートは松井田町出身のピアニスト、金井紀子さん(現在昭和音楽大学教授)と松井田町の有志(音楽にはまったくの素人の集まり)によってはじめられ、町民によって育てられてきました。最初のころは一曲一曲に拍手が起こった田舎のコンサートも、やがてはクラシック音楽に慣れ、オペラ観賞に魅了され次の公演を心待ちにするほどにまで、音楽好きの人たちが増えてきました。昨年は10周年で、世界のプリマドンナといわれる佐藤美枝子さん(チャイコフスキーコンクールで日本人で初めて優勝)を招いての椿姫を上演し大成功でした。今年はそれに比べてやや少なかったものの、評判も上々でした。演奏会形式とはピアノ伴奏のみで舞台装置も小道具も手づくりの081115_018_2 ぶっつけ本番、場面転換では地元のみの素人スタッフは緊張しっぱなしでした。 オペラというと『私、よくわからないから・・・』などと敬遠しがちですが何のことはありません。私は日本の歌舞伎と同じ、近松門左衛門の世話物、人情劇とおなじではないかとこのごろ思っています。例えば、今回の演目は姉妹のいいなずけが、それぞれお互いの恋人を口説いて心変わりを試すというドラマですし、「フィガロの結婚」なども金持ちの主人が召使の女にちょっかいを出し、やきもち焼きの妻にたしなめられる、という話。近松の「おさん茂兵衛」の下男と主人の妻との密通事件、どこか共通する部分があり、社会を風刺することもある、要するに世の東西を問わず、男と女の愛憎模様がテーマになって芝居が作られているのです。それぞれの起源も約400年前というのも、何か因縁めいておもしろいです。本格的なフルオーケストラで見るオペラもいいけれど、その10分の一の費用で楽しめる田舎の町のコンサートも捨てたものではありません。是非一度、お出かけになってください。また来年も楽しい企画を用意しています。081115_029 ※下は出演者とスタッフです。

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2008年11月18日 (火)

解散の前にもう一度ある?自民党総裁選?市田忠義書記局長講演。

081114_008_2 定額給付金をめぐって迷走している麻生政権、kYという言葉は(空気が読めない)というのが一般的だが最近は『漢字が読めない』とも言うのだそうだ。麻生さんは頻繁を『はんざつ』と読んだりして知能テストも必要の様子。金融危機が言われ、また日本の大銀行が救済を騒いでいるが、10年前に今のメガバンクには税金が47兆円も注がれ危機を救済した、しかし国民の税金約10兆円は返していない。最近では利益を上げているのにこの3年間、法人税など一円も納めていないんです!それでいてアメリカのモルガンスタンレー銀行に9000億円も、投資をしようとしている。そんなお金があるなら税金を払うのが先でしょう? 国民を苦しめておいて銀行を助け、金融危機を克服したと麻生さんは世界に自慢しているが、誰がその痛みを受けてきたのか?0金利で利息がつかないから外国へ投資しろ、ドルを買って稼ぎなさい、と小泉政権が『規制緩和』『貯蓄から投資へ』と旗をふり、銀行は国民に投機をあおってきました。中小企業から資金を引き上げ、海外の証券を売りまくってきました。サブプライムローンに始まった金融危機は、リーマンBS、AIGなどなどつぎつぎに破綻し、いまや世界中が金融危機になっています。世界経済を『カジノ(ばくち)経済にしてきたのは、新自由主義といわれるアメリカを中心とするグループですが、それに尻尾を振ってついていくのが今の自民党政権です。 国民の暮らしより、円安にしておいて輸出産業ばかり優遇してきた付けが今、まわってきました。家計をないがしろにして、死んでゆく人に金は出せないと、後期高齢者医療制度を作り、企業の人件費を軽くするために、派遣社員、請負、期間社員を誕生させ、車や電気製品を買ってくれたら食糧品をどんどん輸入してあげますよ。と毒入り食品を入れてきました。日本の農家の危機は見てみぬふりをしながら、食糧自給率は下がるいっぽうです。おかげで偽造表示の『国産品』であふれ、国民は不安で何を買って食べたらよいのかわからなくなってしまった。これはもはや、自民党政治の末期症状、、このままでは日本はどうなってしまうのか?という声があふれています。でも、自民がだめなら民主でいいのか?民主党は活動費の80%を政党助成金に頼っている。個人献金はわずかに27,500円(06年度)、右手で政党助成金、左手で企業献金をもらっているから、国民の寄付を受ける手がない。だから財界に自民党と同じように縛られています。『政治と官僚の癒着をたて!』とは言うが『政治家・官僚・財界の癒着をたてとは死んでも言いません』、国民は自民党・公明党政治があまりにもひどいから「ワラをもすがる気持ちで民主党というワラをつかんでも」このワラは沈んでしまうワラなんです。 日本共産党のやろうとしていることは、負担能力に応じた税金を払わせる。大企業の税金は10年前からみて7兆円も少なくなっている。これを元に戻せばいい、国民は恒久減税を廃止されてしまった。それにアメリカに特別待遇をしてやっているものをなくせば2000億円、社会保障費に回せます。 予算の使いみちを変えれば、十分財源は生まれてきます。 税金に活動費を頼り、自ら汗をかかない政党は、堕落していきます。日本共産党は、政党助成金は受け取らず、独自の新聞雑誌などで資金を上げ、多くは国民から浄財をいただいてがんばっているのです。その額は、中央で10億円、全国地方の組織で100億円の尊い寄付で活動しています。だからこそ、国民の立場に立って、堂々と国会でトヨタ、キャノンなどの企業名を名指して、悪事を追求できるのです。政治の担い手、看板だけ変えても中身を変えなければ同じです。中身を変えることができる政党、日本共産党にご支援をお願いします。   (11月14日、前橋市民文化会館での市田忠義書記局長の講演から・約1200人の聴衆)

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2008年11月11日 (火)

安中市土地開発公社の巨額詐欺事件、10年を迎えました。

08118_016_2 11月4日、市議会全員協議会が開かれ「土地開発公社巨額詐欺、民事訴訟にかかわる群馬銀行との和解」について当局から報告がありました。そもそもこの事件は安中市土地開発公社(当時の理事長は小川勝寿市長)に勤務していた多胡邦夫が51億円あまりの公金を不正に引き出して使い込んだという事件で、平成7年5月発覚し、平成8年4月、有印公文書偽造などで14年の実刑判決が出て現在も服役中とのことです。この際群馬銀行が公社と安中市を相手取って民事訴訟による債務の返済請求を出し、裁判所では103年にかけて、毎年2000万円を下回らない額を返済すること。という9項目からなる和解条項を双方(当事者は中島博範市長)が受け入れ平成11年11月に和解したものです。(金額は被告人が6億円弁済したり、群馬銀行が9億3600万円ほど割引したりで返済金額は24億5000万円となる)、今回の和解の報告は和解条項第4項3号にある『後の10年間の原告と被告らが前号08118_021_2 の最終支払期日までに、その被告らの財務状況ならびに一般経済情勢などを勘案の上、前号の年間支払額(2000万円)を下回らない範囲で協議して定め、意向も残金支払い済みまで同様とする』にそって協議が行われ、岡田市長は「10年たったら終わりにする」という声もあったのだから、一時金4億円、あるいは市有山林を代わりに提供することで『決着』をつけたいと今年1月以来、群馬銀行側と交渉してきたと経過を報告しました。しかし銀行側では「確かにそういう声があったことは認めながら、これを簡単に決着したら『背任行為』によって我々が責められるということから、10年前の和解条項どおり今後の10年間も同様に、お支払いいただきたい。むしろ年間支払額を増額してもらいたいくらいだ。」とのことで、引き続き年間2000万円をあと90回、返済し続けることになりそうです。議員からは、銀側のかたくなな態度に指定金融機関を取り消せないのか?、などと不満の声が出たり、私は「松井田町民にとっては、まったく初めての話で理解に苦しんでいる、銀行にも大きな手落ちが合ったのだから、もう少し中間報告などをしてほしかった。市としてもっと効果的な交渉もできたのではないか』と意見を述べておきました。岡田義弘市長は12月議会後に、安中、松井田で市民に対して報告会を開くことを約束しました。    いずれにしても、この事件が51億円もの莫大な詐欺であったことに加え、警察の捜査も裁判などでも徹底した審議が行われたとは言いがたいこと、結果的に多胡被告一人が罪を背負って服役したが、とても一人で51億円ものお金を勝手に出したり使ったりできるものなのか?共犯者が必ずいるのではないか?使途不明金が6億円ともいわれ、最後まで明らかにされなかったことなどから市民の不満や怒りが今なお、根強く残っているといわれているのです。またその当時、未解決のまま、和解に賛成してきた政治の指導者の皆さんにも責任が残っているとも言われています。 和解案議決の議会で日本共産党市議団は、当時多胡被告のちいさな不祥事を指摘して配置換えを主張、いったん異動させておきながらすぐにもとの職務に復帰させた前市長の責任を追及し、そのとき明らかにしておけばこんな巨額な被害にはならなかった。として和解案に反対してきました。※写真は今年の安中市菊花展(磯部)

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2008年11月 5日 (水)

もうすぐ狩猟期、今年こそイノシシを仕留めたい!

0610_022_2 11月15日から狩猟期にはいります。2月15日までの約90日です。この間はイノシシ用の箱檻(町内で約70基設置)の入り口のゲートは下ろされてしまいます。ハンターの活躍する期間は封鎖しなければならないのです。ですから「イノシシわな」が活躍するときなのです。今年もすでにあちこちで農作物被害が広がっています。今年こそは、私も昨年購入した3基のわなを仕掛け、被害で苦しんでいる皆さんの助けになりたいと思って準備しています。 また、同時に来年のイノシシ対策用の「電気柵」設置のために県の補助事業の説明会を計画しています。Photo_2 地域は松井田町国衙、8,9区の水田所有者の皆さんに声をかけています。市の担当者によると21年度の予算の枠は、すでに事業申請が多くていっぱいになっているそうです。補正予算頼みで早めに希望を申請しておくことが肝心なようです。もし、希望者がおられましたら、11月9日(日)九十九創作館においで下さい。詳しくはファイルを開いてください。   ※写真説明:上:猟友会の皆さんが管理しているはこ檻・下:06年10月捕獲されたイノシシ 下3:イノシシに踏み荒らされた水田(06)

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舞踊、歌、お茶などで国際交流ができました。

08081019_015_3 08081019_020_3 合併前は「松井田ふるさとまつり」でしたが、平成18〔2006〕年から「安中市民フェスティバル」となり、内容は同じですが規模は少し小さくなった感じです。それでも、19日は文化会館全館で、華道、書道、陶芸、健康まつりなどなどが展示紹介されました。大ホールで08 08_2 は「舞踊まつり」が行われ、各流派による日本舞踊が披露されました。また野外行事では「第16回夢伝」が開かれ、障害者の皆さんが楽しく町内を走ったり、歩いたり楽しみました。26日は、まつり後半で、文化会館では各地域の生涯学習で学んだ人たちの作品展を始め、お茶席、将棋、碁の愛好会、ユネスコ協会などの展示、大ホールでは詩吟、フラダンス、バレーなども披露されました。野外では、商店街通り歩行者天国にして、山車や神輿がにぎやかに引き回されました。私は19日の舞踊祭で「山」(北島三郎歌)〔大多摩流・花むら会〕を踊りました。また26日は「MIA/松井田町国際交流協会」の総会と国際交流のつどいで一日忙しく過しました。国際交流のつどいは、7回目になりますが町内に住む外国人の皆さんをお招きして、歌を歌ったり、ゲームや話をして楽しんでいます。今年は、カナダからのALTの3人がゲームで参加、ニュージーランドからのネルソンさん夫婦によるやさしい英会話教室で歌う歌、会員の栗原英也さんの「ふるさと」「赤とんぼ」を英語の歌詞で歌ったり、1年生の金井マリナちゃんの「崖の上のポニョ」の歌など、にぎやかに過しました。私も19日に披露した舞踊もお見せしました。この26日は各地域で運動会や村祭りなどがあって、参加者もちよっと少な目でした。※写真説明:上:大多摩紫紀(小板橋きくゑ師範)、上2:佐野興伸さん、下左:カナダからの3人、初めてのお点前経験。下右:踊りの衣装で記念写真

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2008年11月 1日 (土)

小樽市議会を視察してきました。開会時刻が午後1時と聞いてびっくり。

081015_025_2 小樽という地名は、アイヌ語で「オタ・オル・ナイ」(砂浜の中の川の意味)と呼ばれたことに由来し、約400年前(慶長年間)に松前藩の知行地として開かれ、やがてニシンを求めて定着する和人の数が増加し元治2年〔1865〕を開基としています。空知地方の石炭が搬出され明治13年、北海道で初めての鉄道が開設され、明治32年〔1899〕には国際貿易港に指定されています。南樺太が日本の領土となってから樺太航路が開設、その後欧米航路も開かれ一時は、多くの都市銀行や商社が軒を並べる「北のウォール街」と呼ばれ小樽の穀物相場がロンドンの相場に影響を与えるほどの商況を呈していたこともあったようです。第二次大戦081015_034_2 後は流通機構や経済情勢の変転で衰退していきました。現在の人口は約14万人、観光客の入れ込み数が年間740万人〔道内約520、道外220万人〕と、国際観光都市でにぎわっています。しかし財政状況はかなり厳しく〔財政力指数は0・47、安中は0・8〈1に近いほど良い〉)、なっています。特に市立病院を2病院維持してきたことも大きな原因のようで、病床稼働率が54・8%ときわめて低く、72億円もの累積赤字を抱えて苦悩しているようです。議会の構成は、定数が34、自民党11、日本共産党5、公明党5、民主党2、無所属ほか5という会派。議会活性化検討委員会が設置され、これまでに、会場を商工会館などに移して市民との対話、議会報告やナイター(夜間)議会を開き、一晩で一般質問を全会派が行うなどの試行がされていました。議員の中にオーディオに詳しいものがいて、自分の機械器具を議場に持ち込んで「実況や録画中継」を市民に提供しているそうです。議場を見せてもらいましたが、庁舎と共に昭和初期に建設されたもので大変古く「文化財もの」といった印象を受けました。 ただ驚いたのは開会時間で、昔からの慣例で、開会時刻が午後1時からとなっていたことです。これは、昔の議員の多くが商店経営者たちだったことと地理的に遠くから参集してくるためにそのようになっている、との事ですが今もってその慣例どおりにやっているということが面白いところだと感じました。 小樽運河や旧倉庫群の一帯がガラス工房やお菓子など観光地として、ちょうど時期的に高校生の修学旅行や韓国人、などのツアーでにぎわっていました。 ※写真説明:上:古めかしくも威厳のある小樽市議会議場、:下:観光客でにぎわう小樽運河、もともとはこの2倍の幅があったそうです。

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北広島市を訪問しました。議会運営委員会で。

081015_005_2 安中市議会、議会運営委員会(上原富士雄委員長ほか6名)では、10月15,16,17日視察研修で北海道北広島市(人口61,000人・財政規模約160億、安中市は64,000人・約210億円)この街は明治17年(1884)広島県から25戸の開拓民が移住して始まったところ、それ以前には明治6年(1877)中山久蔵という人が、道央では至難と言われていた寒地での稲作に始めて成功したという、北海道の稲作の始まりの土地でもあります。また明治10年(1877)札幌農学校のクラーク博士が帰国を前に学生に送った「青年世大志を抱け!」という言葉は081015_021_2 あまりにも有名です。地理的には、石狩平野のほぼ中央に位置し、札幌のベッドタウンとして発展してきた街です。 市では、橋本博議長が終始説明に応じてくれました。議会の運営方法は、安中市と少し違うところがあり、定数は24、会派を中心として行われ、一般質問は質問時間のみ一人40分、会派で持越しができます。会派別の議員数は日本共産党3、公明党3、自民党2、民主党3、無所属など12、となっていました。 第一回定例会には市長の施政方針演説に対する代表質問があり、各会派一人90分(答弁を含まず)たっぷりと議論ができるようです。予算審査は、議長を除く全員で特別委員会審議。決算は、3常任委員会に分割付託され、審議されるということですが答弁は原則として係長と主査が行うということです。市としての課題は、今後5年で部課長などのうち70%が退職し、いっきに若返るため人材不足が心配との事でした。全市的には道の補助によって設置された住宅団地が高齢化の進行で福祉事業費が急増することによる、財源確保などが問題だということでした。  視察団一行は、新千歳空港から電車で北広島に降り、研修後再び札幌まで電車に乗り、ホテルに泊まりました。、※写真説明:上:北広島市の名前どおり、広島市から原爆の灯を取り寄せ、玄関に展示し、平和と原水爆廃絶を訴えていました。 :中:ホテルのすぐ近くに時計台があり、この日16日は設置記念の日ということで無料開放されていました。

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