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2008年10月 3日 (金)

晩秋蚕の繭が収穫となりました。昨年よりはやや減産のようです。

08103_007_2  蚕の飼育は普通で年3回、春蚕、夏秋蚕それに晩秋蚕というのが一般的でした。でも中には桑園をたくさん持っていたり、労働力に余裕がある農家では、夏蚕、晩晩蚕と間を空けずに飼育していた家も多くありました。年に5回ともなるとそれこそ休むまもなく桑の収穫、蚕の世話などでおおわらわだったようです。20年度での松井田町の養蚕飼育農家はわずかに7戸になってしまったそうです。昭和40年代の最盛期には2000戸の飼育農家がいたことか08103_004_2 らすればまったく、隔世の感ありです。原因は、安い中国からの輸入繭、絹製品でした、それでも高級呉服には国産繭、生糸が欠かせないと言うことで、がんばっている農家がいるのです。高木さん(70歳)は、松井田町新堀353で、養蚕を続けて50年、近くで生糸生産の組合として全国唯一の「碓氷製糸」の理事としてもがんばっています。このほど、今年最後の繭の収穫がありました。品種は「小石丸」群馬県の開発品種で従来の品種よりも小粒で糸の細い繭で、着物以外にもさまざまな加工ができる品種です。ちなみに「御養蚕所」(皇居で皇08103_006_2 后が飼育している場所)でもこの品種が飼われているそうです。高木さんによれば、今年の気候のせいで桑の栄養分が足りなかったせいか、収穫量は去年よりは少なかったようです。繭の販売価格は、1キログラム約1,560円、ほとんどが国県の補助金だそうです。かつて最盛期の繭価は、1キログラム2,500円からしていたことを思えば、まさに生産原価を割って営まれている農業の典型ともいえると思います。「富岡製糸場」がユネスコの世界遺産に登録か、どうかなどと話題になっていますが「今生きて活動している養蚕の支援にももっと力を入れてほしいものです」さもないと、「かつてこの群馬県の西毛地域では、養蚕農家がたくさんあったそうです」などという「過去の歴史」になってしまいそうだから。

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