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2008年8月 6日 (水)

63年目の原爆忌で感じたこと。

Hiroshima_summer_072_2  今日8月6日は、世界で初めて人類の上に「原子爆弾(ウラニウム型)」が落とされた日です。ヒロシマの平和公園で祈念追悼式が開かれるのを聞きながら、8時15分に車中で黙祷をしました。(信号待ちで)思えば最初にヒロシマへ行ったのは昭和49年の夏でした。中学校の教科書に原爆の記述はありましたが、きのこ雲の写真以外知識はありませんでした。「原水爆禁止世界大会1974」に参加して、下半身不随の体で母親に抱きかかえられて発言する「渡辺千恵子さん(原爆乙女の会)」の発言や被爆者のお宅を訪ねお年寄りの「体験」を聞きました。原爆資料館で被害の現物を目の当たりにして、涙が止まりませんでした。たった一発の爆弾でこんなひどい惨劇が起こされたなんて、しかもその時点では被爆者に対する援護が、いまだに国のサボタージュによって行われていませんでした。いや、21世紀の現在でも、まだ十分な健康対策はされず、被爆者の認定でさえ厳しく制限しているのです。今日の式典で犠牲者の名簿が25万8千人余と報告されました。米国は今でも「日本に降伏させるため必要だった、あれでより多くの戦死者を出さずにすんだ」と原爆投下の正当性を主張しています。しかし実際、当時もう日本の敗戦は時間の問題だったし、原爆投下は、ソ連のアジア進出に対する威嚇と「原爆の人体実験」にほかなりません。日本の政府はそのアメリカの核の傘の下で、利用されているために、アメリカの顔色を伺うだけで国連の「核兵器廃絶の決議」に賛成したことがありません。 アメリカの鎖を断ち切って世界初の被爆国として「核兵器はいらない、ヒロシマ、ナガサキを見てください」と毅然と訴えるようにならなければ「世界で名誉ある地位を占めることは永久にできないのではないでしょうか」 ヒロシマの夏はあの時も、今日も暑いそうです。原爆ドームの脇を流れる元安川のほとりで、まだ赤い夾竹桃は揺れているのでしょうか。今日は平和を願う特別な日です。

Hiroshima_summer_055_2 上は原爆資料館。下は被爆前の広島市の模型。青い屋根が原爆ドームとして残りました。川にはさまれた中州が今の平和公園です。

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