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2008年7月

2008年7月27日 (日)

安中市の水防訓練に初めて参加しました。

08727_007_2  初めて安中市の水防訓練に参加してみました。合併して地域消防団は14分団(松井田町は6分団)、参加者は総勢385名、女性消防クラブは44名が参加。初めは三角巾の使い方、簡易担架の作り方、ロープの結び方、AED(自動対外式除細動器)の使い方などが消防士(広域圏)から地域消防団員に指導されました。次に、台風で碓氷川が増水、堤防を越えそうだという仮の予報で団員が、土のうつくり、土のう積み、木杭の準備、それに「木流し」という工法(堤防に決壊の恐れがあるとき、大きな木の枝に土のうをくくりつけて流してやり、弱い部08727_017_2分に固定して流れの勢いを弱める方法)などがそれぞれ交代で指導されました。 女性防火クラブでは、炊き出し訓練としてかまどと釜でコメを炊き「おにぎりして」被災者に届ける訓練がありましたが、見ていると中にはかまいっぱいのご飯がおこげになってしまってとても食べられない?様なものがありました。40~50代の女性でもほとんど釜でご飯炊きをした経験がないのでしょうね。とにかく広いグランドで暑い中、団員の皆さん大変ご苦労様でした。

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※AEDというのは、呼吸も心臓も停止し、人工呼吸もしたが蘇生しないという場合、患者の胸に心臓をはさむ形でパッドをはって、電気ショックを与え蘇生を図ろうというもの。器具のスイッチを入れると音声が出て、そのとおり操作すれば良いようになっていますから、もしどこかで患者に遭遇したら「何はともあれ」救急車が来るまでに対処することが大切だと感じました。私も試しに操作させていただきました。(2番目の写真が操作を説明する消防士)

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2008年7月26日 (土)

うすいの里(老人ホーム)の草刈ボランティア

087_002_3 大暑が過ぎて毎日暑い日が続きます。今日は朝8:00から特別養護老人ホーム「うすいの里」(内田守施設長・70床)の庭周辺の草刈ボランティアに行ってきました。7月5日に続いて2度目です。社会福祉協議会九十九支部(上原尋恃氏支部長)の年間行事の中の一環です。参加者は、区長、老人クラブ、婦人会など支部の役員理事で九十九地区の各種団体の代表者がほとんどです(約40名)今朝も約20名が参加して約1時間半、草刈、花壇の草むしりなどに汗を流しました。ご苦労様でした。 施設長の話では入所待ちのお年寄りが160名ほどあり、ほかの施設へも入所希望を申請していてもなかなか順番が回ってこないようです、う087_007_3 すいの里、単独で希望している人が90人ほどだそうです。8月1日は、納涼祭が開かれます。皆さん楽しみにされているそうです。夕立などなければ良いのですが。

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2008年7月25日 (金)

がんばる松井田商店連盟

087_001_2 第17回商店街まつり「イカす」福引大会(7月18~20日)に行ってきました。すてき→「イカす」としゃれたネーミングで始まった「イカすセール」、もう17年になるんですね、大きな水槽に海から運んできた本物のイカをたくさん泳がせて、お客さんが喜んで見てましたね。くじ運というものがあるらしく、年賀はがきでも5等以外に、めったに当たったことがない私ですが今回は、8回引いて3個、ペットボトルのドリンクが当たりました。連盟の役員さんが当たりくじを増やしてくれたのかしら?空クジはなしとあるから、ポケットティシューはもらえれるかなと覚悟し087_005_2 て行ったのですが、うれしいものです。ちなみに特等は「大型液晶テレビまたは高級羽毛布団」でしたが、誰に当たったのでしょう?福引会場には高校生アルバイトもお手伝いしていました。中に、昭和30年代でしょうか、商店街が最盛期の時代、福引にお客さんが列をなして待っている風景の写真が飾られていましたが隔世の感ありですね。26日、27日は七夕まつりが催されます。商店連盟がんばれ!

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右下は06年の七夕まつりから

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2008年7月23日 (水)

ひざの痛みは半月板損傷だって。

087_001_2 あまりにひざの傷みがひどくなったので昨日、碓氷病院の整形外科を受診しました。木曜日ころ中腰で作業をしていて急に姿勢を変えたら「コクン」と左ひざから音がしました。とたんに内側の間接部が痛くなり階段の上り下りに支障が出てきました。思えば昨年の選挙中から、宣伝カーの乗り降りにひざを曲げることが多くなり、しばらく痛みが続いたことがありました。若い医師は、私の足のあちこちを押さえたり歩かせたりして「どこが痛いですか?」などと聞くだけでなかなか診断をしません、レントゲンを撮ってきてから、隣の診察室にいた先輩らしい医師が「半月板の損傷でしょう」と説明。治りますか?と聞くと「写真には写っていませんから骨には異常はありませんが、半月板がどうなっているか詳しく調べないと何ともいえません。お望みならMRIで検査することですね。」というだけ、「普通に歩けるようでしたらしばらく様子を見てください」ということで、どの程度傷みが増すのかしばらく様子をみることになりました。左足をかばいながら歩くと右足も痛くなり、腰まで響いてきます。人間のからだというものはバランスが保たれないと弱いものだなと感じました。しかし、11:20に受付をして診察が終わったのが14:30,患者さんが多かったせいもあって3時間もかかってしまいました。これで整形外科医が3月でいなくなってしまったらどうなるのでしょうか。早く対処してほしいもの。すでに眼科の医師は来年度から市内で開業する計画があり、代わるようですが、代わる医師が群大医局にいてくれればよいのですが? 政府の政策で「国民医療費を減らすために」という理屈で、医師の数を減らし、研修医制度を変えて、国民が医者にかかれないようにしています。そのために地方の病院がいま大変な経営難となり、千葉県銚子市立病院も閉鎖されるとテレビで報道されていました。日本の医療費は先進国中でも最低ランクです。国民の命を削るよりも、軍事費5兆円など、もっと無駄なものを削ることが先ではありませんか福田さん!と言いたい。

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2008年7月21日 (月)

ロシアの歌手、ジバエードフのコンサートに行ってきました。

Photo_2 ウラジミール・ジバエードフ(バリトン)、ウラジミール・ブードニコフ(ピアノ)コンサート<松井田文化会館小ホール> 北原白秋生誕123年記念とあり、ロシア人がどんな風に日本の童謡を歌うのか興味がありましたが、有川良子さん(司会・妻)の支援でなかなかに歌っていました。ただ「ちゃっきり節』は練習不足という感じ、それに微妙な発音の違いは否めませんでした。ただし大きな体躯から出される声は豊かでこころよいバリトンでした。さすがにハバロフスク・ミュージカル・コメディ劇場で主役の歌手を演じていた俳優の力量が垣間見えていました。Photo_4 歌ったのは、待ちぼうけ、砂山、城ヶ島の雨、ペチカ、落葉松など白秋。ロシアの歌から「黒い瞳」など8曲、ブードニコフのソロ『白鳥たちの踊り』(チャイコフスキー)『悲歌』(ラフマニノフ)ほか一曲、もたいへんすばらしいものでした。昨年は杉並公会堂でソロコンサートを開いたとのことでした。ジバエードフは、公演旅行の際にたまたまチェルノブイリ原発事故に遭遇し入院治療し、一時は歌手生活を断念することまで考えたそうですが再起してがんばっているとのことでした。最後は『さとうきび畑』(寺島尚彦)を日本語とロシア語で歌いました。アンコーPhoto_5 ルは会場からの声で『トロイカ』でした。尚冒頭で北原白秋の『肉声で詩を朗読するテープ』が披露されました。このコンサートは23日には『前橋文学館』で8月2日には『高崎総合福祉会館(たまごホール)』で開催されます。入場料2000円お聴きになりたい方はどうぞ。※一部に高崎城山団地のコーラスグループ「城山エコーズ」の4人の友情出演、「この道」のコーラス(日下孝美ピアノ)もありました。

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2008年7月20日 (日)

田んぼの蛙と食糧自給率は関係あるんだよ!

087_002_2 昨日のシンポジウムで富士見村の下田さんという方が話してくれました。「最近小中学校に招かれて稲作のお手伝いをしている。子どもたちはほとんど農業体験がない。私は田んぼの蛙と日本の食糧自給率のことを面白く説明すると、子どもたちは喜んで理解してくれる。最近役場に『蛙の声がうるさい!何とかならないのか?』という苦情が寄せられるといいます。そこで、私は子どもたちに、田植えの時期になるとどこからともなく蛙が田んぼに帰ってきます。そしてたくさんの卵を生みます。それがおたまじゃくしになります。一株に20匹ほどだとい087_006_2 われます。だから小さな蛙が幾万匹と声を上げるからうるさいのでしょう。でもその蛙も生き残って大人になるのはごくわずかしかいません。大人になる前に鳥やほかの動物に食べられてしまうからです。でもそれが自然の食物連鎖の法則なのです。ではなぜこの時期に帰るが田んぼに帰ってくるのでしょうか、それは初夏になり水を張った田んぼを耕し始めると無数の鳥たちが先を争って小さな昆虫を食べに降りてきます、そして同時に田んぼの中には数え切れないミジンコ、イトミミズなどの水中生物が湧いて来るのです。そこに蛙は卵を産み付けておたまじゃくしを育てるのです。もしも、田んぼにコメを作らず乾いたまんまの田んぼばかりになればミジンコも、おたまじゃくしも蛇や鳥たちも生存していけないのです。そして結果的には人が食べる食糧が足りなくなる。地球の温暖化はますます加速して、海水の水位が上がり、水没して国さえもなくなってしまうところも出て来るんだよ。だから、蛙の合唱がやむことなく続くということは、日本の食糧が自給できる証拠だし、地球温暖化防止にも役立っているんだよ。」 今の子どもたちの親の世代でもほとんど農業体験がないし、自然について無理解だといわれます、これはこれまでの教育の失敗だといわざるをえないのでしょう。自分たちが命をつないでいけるのは、植物や動物の命をいただいて生きていけること。小さな自然の中に大きな法則があることなどなど、もっともっと子どもたち、いや親たちにも学んでほしいものです。乾燥していて水がなければ作物が育てられない国が広がっている時代、ほっておいても雨の恵みで草木が育つ日本の国土で『コメが余るから減反だ!』などと嘯いている政治家たちは世界的に飢えて死んでいる国の人々からすれば『罰当たり!』といわれても仕方ありません。

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地産地消は地球を冷やすのです。

087_008_2 高崎市内で『西毛農民連』主催で「食糧・農業問題と環境・温暖化」をテーマにシンポジウムが開かれました。基調講演は全国連事務局長の笹渡義夫さん、いわく「世界中で食糧の価格が高騰している理由①4年続くオーストラリアの旱魃など気候変動による生産への影響、②発展途上国の経済発展による食糧需要の増大と食生活の欧米化,③食糧を原料にしたバイオ燃料ブーム、④食糧不足に乗じた投機(マネーゲーム)だとして、かつては日本は工業製品をつくって売ればいい、食糧は外国から安く持ってくればいい。といっていた政府も、世界的なコメ価格高騰で今年はミニマムアクセス米も買えなかった。これまでの食糧輸出国が自国民保護のために次々輸出禁止を言い出したから、これからは簡単に輸入すればいいとは言えなくなる時代。これを解決するためには「穀物価格高騰の中で前年比20倍もの莫大な利益を上げている穀物メジャー、先物取引で投機をあおるヘッジファンドなど」④を規制することがまず必要だが、洞爺湖サミットでは「投機マネー」には一切触れずじまい、食糧輸出規制の撤廃や貿易自由化の促進などでお茶をにごしただけ。もうサミットには何も期待できない。地球温暖化対策では「フードマイレージ」という言葉があるが、その食糧が食卓に届くまでにどのくらいの距離を輸送したかの数字、(日本は5847万トンの食糧を平均15,396キロメートル離れた国から輸入している)当然、莫大なエネルギーが必要でありCO2を排出している。日本のフードマイレージは韓国、アメリカの3倍、ヨーロッパ諸国の5~9倍でダントツの世界一。冷凍食品などは最悪の温暖化促進の食物。 それから考えると日本の農民が取り組んでいる「産直」「地産地消」は、優れた温暖化防止だけでなく、まさに地球を冷やす効果があるということです。  しかしもともと地産地消は、昔からの人類の原則だったもの、原点に返って「自分の国の食糧は自分の国で生産する」ことを基本に「政治」を変えなくてはなりません。 「スーパー、生協でコメの販売が好調だ。4-6月は10%から20%の販売量が増えている。原因は輸入小麦の高騰でコメに割安感が出ている、ガソリンの高騰で外食を控える傾向が強まっているためだという。」(日本農業新聞7・15付け) 政府は今年も前年比10万ヘクタールのコメの減反強化を言っているが秋以降に「コメが足りない」という事態になるかもしれません。

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2008年7月17日 (木)

イラクで何が起きているか聞いてください!

1086 米軍はイラクに謝罪し直ちに撤退すべきだと語る「イラク帰還兵の会」の話を聞く会があります。よろしかったらお出かけください。・日時 8月31日(日)・会場 聞名寺(安中市板鼻)・会費 1000円・お話しする人 アッシュ・ウールソン(26)ウィスコンシン州出身、6年間州兵、内イラクで5年間活動、「僕は大学で勉強したかった、でも貧しかったから学費を払ってくれる軍隊に入るしかなかった。イラクでは百万もの人が死んだ、米兵も4千人以上死に、退役兵士も毎日自殺者がいる。多い日は17人も自殺している。ほとんどの帰還兵がPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいる。米国はイラク戦争に2700億ドル(27兆円超)をつぎ込んでいる、それは国民の税金だけどそれをまるまる儲けているのは軍需企業だ。わが国のマスメディアはひどすぎるね。テレビも新聞もハチャメチャだ。ベトナム戦争のときは『徴兵制』だったから、反戦の世論にすぐ火がついた。今は『志願制』3月16日にワシントンDCで帰還兵200人が集まって、<米軍がイラクで何をやってきたのか>という証言集会をやったが、主要なメディアはただの一社も来なかった。 ・・・このような証言を生で聞いてみませんか?このチャンスを逃さずにぜひお出かけください!   ※今イラクで戦っているのは多くは『戦争請負会社』に雇われた外国人の部隊が多いそうです。これまでその兵士が民間人を殺しても刑にはならない『免責』があったけれど、これからはイラク政府が免責を廃止したということです。米国のこの8年間はまさに侵略と破壊の時代といえそうです。たとえ大統領が代わってもこの国の影の資本家が変わらない限り『戦争中毒』は続くのでしょう。その国に『尻尾を振って媚を売る忠犬になっている自公政権の卑屈さにはあきれるばかりですが。国民が賢くならねばなりませんね。

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2008年7月 8日 (火)

平和行進08年その2

6日、行進団は、金井久男行進団長の挨拶のあと、松本支所長の激励、通し行進者、小田正さん、伊藤国夫さん、大手八重子さんの決意表明のあと、14人ほどで出発しました。下町まで全員で行進、いったん休憩した後手分けをして商店街に戻り、世界大会代表派遣のために、と募金を訴えました。約1時間の行動で約3万円ほどの成果を挙げ、郷原から原市を通って安中市役所には午後4時少し前に到着しました。翌日は9時前に集合し、団長の中嶋昇太郎さんの挨拶のあと、岡田義弘市長と土屋弘議会議長が激励の挨拶、通し行進者の紹介のあと18名で、富岡へ向けて出発、途中、市内で同じく募金行動、休憩の後板鼻公民館で昼食をとり、雨の降りしきる中を岩野谷、藤木、高尾、黒岩を通って市役所には4時30分に到着しました。富岡では毎年、市長をはじめ部課長さん職員の皆さんが大勢して出迎えてくれ玄関ロビーには名物のお団子やキュウリなどが用意され、疲れを忘れておいしくいただくことができました。3時ころには朝からの雨も上がったとはいえ、靴も上着もびっしょりと濡れましたがお互いにおしゃべりを楽しみながら元気よく歩き無事に富岡の実行委員会に引き継ぐことができ、今年の碓氷安中の平和行進が終わりました。

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2008年7月 7日 (月)

平和行進08年

今年も夏がやってきました。5月7日に北海道礼文島を出発した「国民平和大行進」は、日本海側コースから今回も新潟、長野を通って7月4日碓氷峠頂上で群馬県原水協に引き継がれました。北海道からの通し行進者「小田 正さん(新潟出身)」を先頭に、5日には約30名の皆さんが碓氷峠を下り(23㌔)、6日は、松本次男支所長の激励挨拶、県内通し行進者、伊藤国夫さん、大手八重子さん(ともに磯部出身)の決意表明、を受けて、松井田町の支所から安中市役所まで募金行動などをしながら約20名が歩きました。(10㌔) 松井田町の商店街では、「もうそんな時期が来たのかね」「暑い中ご苦労様です」と皆さんこころよく迎えてくれ、ヒロシマの世界大会代表派遣のためのカンパに応じてくれました。 2日とも今年一番の暑さとか、汗びっしょりになりながら、皆さん足に豆をつくりながらがんばって歩きました。今日はあいにくの雨模様ですが、市役所から板鼻経由、富岡市役所まで25㌔ほどあります。外から、内から濡れながら、もうひと踏ん張り行ってきます。

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2008年7月 2日 (水)

アーティチョークの花

 イタリアのハーブ野菜の一種だとか。キク科和名は朝鮮アザミ、大きさは2メートルにも伸びる。花は遠くから見ればまさに、大きなアザミそのものです。086_001_2 ヨーロッパの人は食用にするらしい。ここ松井田バラ園の深尾正義さんのところで種から栽培を始めて3,4年、写真はビニールハウスの中で大きく育っているもの、路地でも栽培していますがこれよりは小さいようです。一度食べてみたことがあるといいますが、大きなつぼみを丸ごと茹でてみたけれど、食べられるのはほんの少しの部分だけだったとか。世界の珍味のひとつでしょうか。

深尾さんのバラ園では、下の写真のように多肉植物、サボテンなども多種多様に栽培しています。

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